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だいぶおくれて、新年はじめに

2010. . 02
 いやはや、やっとPCに向かうことが出来た。本来は暇である筈の年末年始、今年はなかなか忙しく、特にこの1月にアーティストが来日し、昨日、成田に送った次第。ずっとブログも書かずにいた。
 そこで通常なら何らかの新年の思いとか、僕は2月が誕生日だから、2月になればなったで、そうした歳を重ねた思いとかを改めて書きたいのだが、どうもそれどころではないようだ。

 結局、昨年から引きずったままの小沢の問題で年始~2月を迎えてしまった。
 僕は、何回も何回もこのブログに書いてきたから、「言わないことじゃない」という気分だが、どうして民主党は早く小沢を切れないのだろう。「豪腕」だとか「選挙に強い」とか、これも何度も書いたがすべて神話であり錯覚である。今回も現れているように、田中派から経世会にいたる金権体質を無反省に引き継いでいることがこの男のすべてなのだ。
 先般、天皇の海外高官との会見を「国事行為」と言い、強引に進めたときの会見でも、今回、検察の動きに対して、「民主主義の危機」と言ったりしているのをみても、この男の「憲法」や「民主主義」に対する考えが根本的におかしいのだ。前者では、そもそもこの程度のことで「日本国憲法」を持ち出すことのほうがおかしいのである。後者でも、この男はいつも、多数を握って政権に就いたらそれが絶対でそれにすべて従うべきであるという。どうしようもなく浅薄な憲法理解、民主主義理解である。
 これも何度も書いてきたが、つまりこの男に一定の政治理念、思想など無いのだ。ただただおのれの利権の追及あるのみである。だから、自分に都合の良い選挙制度にすることを「政治改革」などと称して推し進め、とにかく選挙区で多数をとって、さらに政権党の中の多数派閥を握って、何でも思いのままに出来る権力を行使する、それがこの男の「民主主義」であり、利権獲得の方法なのだ。これもいうまでもないが、ゼネコンと結託して掠め取ってゆくその「利権」とは、もともと国民の税金である。金をそうして荒稼ぎして、さらにその金で権力を握ってゆく、これが金権政治である。この男はそのために、その場その場で適当な「政治的」言葉を使い分けているだけなのだ。だから自民党時代に培ったこの政治体質をそのままに出来る政党を求めて、作ったり壊したり、今回は民主党に入ったりしているのだ。

 今回、開き直って検察との対決姿勢をとっている。もともと「みんなやっているのに、何故田中のおやじだけ狙い撃ちにされるのか」などといって、田中派~経世会で何世代かにわたって検察とは宿敵である。さすがに今度は少し弱気になっているように見えるが、年齢、体力の衰えからくるもので、反省しているわけではない。
 昨日、会見があったが、「想定してはいないが、自分自身の刑事訴追があったら重大な責任問題だ」などといっていた。まったくもっともらしくこんなことを言っているこの男もひどいが、これをただ聞いているマスコミもひどいものである。重大なのは当たり前ではないか。さらに「そうならば責任をとって幹事長を辞める」と言っている。責任を取るならば、常識的には国会議員を辞めてもらわなければ困る。
 政治家は法のラインぎりぎりのところで、つかまりさえしなければ利権のために何をしても良いわけではない。その法の淵源、立法の精神を考え、何をして良いか、何をしてならないかを判断するべきなのである。それを自ら律することの出来ないものに対しては、党組織はそれを監視し、今回のような場合は、党総裁である鳩山は断固として小沢を切ることによって、政党の「自浄能力」を示すべきなのである。どうやら無理のようだが。

 今回もまた、小沢をかばい、「検察のリーク」だとか、「国策捜査」などと言い立てる人もいる。もちろん検察が絶対なのではない。だが、自民党幹事長の頃、「コンチクショー」(金丸・竹下・小沢)といわれた時代からずっとこの男をみてきたはずなのが、今回にいたって、まだこの小沢という政治家をかばう神経が僕にはわからない。

 
 新年早々から、まったくつまらない男のことで、いやになってしまうが、とりあえずこのあと、2月4日にどういう動きになるか、眼が離せない。

 
 そして、まだこの小沢をかばっている一人が総理の鳩山である。この男もまた、まったく羞恥心というものの無い、どうしようもない男だ。
 先日、演説でなんとガンジーを引いた。大罪としての「労働なき冨」のくだりでは、さすがに「お前のことだろう」と野次が飛んだ。確かに、これも何度もこのブログに書いてきたが、「金で金を儲ける」だけのことに対しては、僕は「悪」だなどとは言わないが、ただもっと課税すればよいと思う。
 それにしても鳩山がガンジーとは、
 昔、あべ静江というつまらないひょいと出の歌手がいた。「どんな歌手になりたいですか?」と聴かれて答えたものだ、「あのう、エディット・ピアフ?」インタビューアーを含め、その場にいたもの皆が凍りついた。ある男性タレントは、「はあ、ピラフは美味しいですね、」などと茶化して笑わせ、何とか場を保っていた。
 まあこれに近い。鳩山には羞恥心、恥ずかしいと感じる神経が決定的に不足しているのだろう。だから平気で「愛」だ、「いのち」だと軽々しく口にする。


 小沢も鳩山も、この連中は皆根本的に勘違いしている。政権交代できたのは、民主党が積極的に支持されたからではない。まして小沢が支持されたわけでは断じてない。
 国民はただただ、麻生と自民党に嫌気がさしていたのだ。いわば消極的選択である。ゆめゆめのぼせないで欲しい。

 それらをよく考え、謙虚であれ、そして、金権政治の元凶、旧経世会勢力を解体、排除せよ、そうすれば少しは見直されるだろう。
 僕も、昨年の政権交代自体は歓迎しているものである。「民主党など、どうせだめだ」というのは簡単だが、「でも」「どうせ」「だって」などと、それこそ駄目OLの繰り言みたいなことを言っていても始まらないではないか。
 ただし、何はともあれ、小沢と経世会だけは論外である。

















 
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民主主義者
小沢一郎が不起訴になった。容疑自体は形式的なものだった。不起訴は妥当だと考える。小沢の問題は別にある。民主党の政策は問わないが、結党以来、党内は自由闊達だったはずだ。これは、ある時点以前の自民党とも共通する美風である。ある時点とは田中角栄支配の完成時。田中を恐れて、ものを言えない党風になってしまった時、自民党は死んだ。多分ジョークだろうが、小沢はレーニン党組織論の信奉者だという。ロシア共産党の意志が党組織の意志に置き換えられ、党組織の意志は独裁者の意志とイコールになった。当然なことに、ロシア社会全体が党と同じ原理で動くようになったしまった。ロッキード事件以来、田中派はマスメディアにいじめられ通しだったから、小沢の記者会見での横柄さは攻められないが、大衆にだけは謙虚でなければならない。しかし小沢は大衆にも横柄だ。民主党はそれなりに社会を作り替えようとしているが、党内の息苦しさが社会全体に広がることだけは勘弁してもらいたい。「俺は政治のプロだから、文句は言わせない」という態度を小沢がとり続け、民主党員が口を閉ざし続けるならば、”革命”は、とんでもない窒息社会を作り出してしまうだろう。
2010.02.14 18:17

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