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ルネ・ラリック

2009. . 12

                      ラリック

                     

 国立新美術館で、ラリックのコレクションを観てきた。言うまでもないが、ルネ・ラリックはアール・ヌーボー、アール・デコの2つの時代を駆け抜けた天才アーティストである。サブタイトルの「華やぎのジュエリーから煌きのガラスへ」そのままに、展示コレクションは、精緻な自然モチーフの、アールヌーボーのデザインジュエリー多数に始まり、パリ万博を飾った大きな噴水など装飾品から花器やテーブルウェアまでを含むガラスの時代まで、本当によく集められていた。ラリックその人のデザインの歴史にそった展示という編集がしっかりしていたので、実に収まりのよい展覧会であった。

 

 アールヌーボー・デザインの花、動物、女性像などをあしらった数々のジュエリーにまず圧倒される。これらはデザイナーとしてのラリックがサクセスしてゆく契機になったコレクションであって、発表当時のインパクトがよくわかる。とても精緻で美しい。

 だが、何といってもコレクションの白眉、ラリックをラリックたらしめたのは後半のガラス、クリスタルのコレクション、それもアール・デコの時代のそれである。

 当初の「シール・ペルデュ(ロスト・ワックス技法)」による一点ものの作品も素晴らしいが、ここまではあくまでもコレクターむけの作品である。むしろ、1925年のパリ万博を彩った巨大な噴水「フランスの泉」、そのひとつひとつの美しい「女神」たち、あるいは往時の道楽者たちの名車のラジエター・キャップとしてデザインされた粋な「カー・マスコット」の数々、オリエント急行の窓を飾った華麗なパネル、それらの多数(といっても時代的に限りはあるのだが)制作されたガラス製品にこそ、ラリックらしさがあるといってよいだろう。もちろんコレクションには、この世界でのラリックを一躍有名にした各種の香水壜や、ガラスを用いたジュエリー、花器、ボウル、ワイングラスにいたるテーブルウェアまで、いわば大きなものから小さなものまで、しっかり揃っている。

 そのどれをとっても、アールデコの新鮮な息吹と、一目見てラリックとわかる彼のセンスが感じられる美しい作品群である。

 これらの「作品」が「量産」され、当時成長しつつあった市民・ブルジョア層に、その生活の中に確実に溶け込んでいったことが歴史的にラリックをラリックたらしめたのだ。特権的な貴族やその周辺、乃至はコレクターだけの楽しみに終わらせること無く、多くの市民の生活にアーティストの「作品」を持ち込むことに彼は成功したのだ。

 

 僕の友人に無教養な人間がいて、ラリックを「それはバカラのなの?」と訊かれたことがある。何といっていいかわからなかった。確かに例えばラリックのワイングラスなど価格ではバカラに勝るとも劣らないが、これは別に上下の話ではないだろう。が、日本ではガラス、クリスタルのブランドとしてのバカラは確かに有名になった。

 後日、ラリックについていくつか著作もある、前のラリック美術館の学芸員、池田まゆみ先生が笑顔で語ってくれたものだ。

 「バカラがね・・・」と彼女は言った。「職人たちが作った芸術品だとしたら、ラリックは芸術家が作った日用品なの。」

 至言である。

 

 20世紀、21世紀と時代がめぐり、極東の小市民たる僕も、自室の棚にラリックのカーマスコットを飾り、ラリックのデカンターを愛で、いくつか愛用のラリックのグラスを取り出してワインを飲むという贅沢も許される。日常生活の中にアートがしっかり入り込んでいるのだ。

 これこそが、ラリックをラリックたらしめた彼の芸術であり遺産である。

 

 

 

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