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ライシテ

2009. . 23

 イランで連日デモが暴動化している。アフマディネジャド現政権「独裁」に対する反対勢力である。反米を売り物にしていたこの大統領に甘かった日本の左翼は沈黙してしまった。

 

 さてそんな折も折、同じ今日の新聞にフランスで「ブルカ禁止」の動きがあるとの記事が載っていた。ちょっと前のスカーフ禁止以来のニュースである。女性が顔の全部を覆うブルカ、あるいはニカブの公共空間での着用禁止を法制化しようとする動きがあるというものである。

 ライシテ(政教分離)である。ここが「腐ってもフランス」なのだ。推進している女性閣僚は自らもイスラムの家庭で育ったそうだが、このブルカを「原理主義の象徴」であるとしている。サルコジが大統領でなくても、つまりもし、ロワイヤルが大統領になっていたとしても、この提案は支持されただろう。たぶん、2004年のスカーフ禁止と同じように法制化されるだろう。フランスは500万人のイスラム教徒を抱えている。ライシテは強調されすぎるということはない。徹底されなければならない。彼らの言う「セクト」つまり「カルト」乃至はあらゆる宗教の原理主義としっかり闘って行かねばならないのだ。(日本で一部誤解されているようだが、十字架だって禁止なのだ。)この闘いは政治権力をもってするしかない。

 

 ライシテはフランス革命以来の理念であり、第3共和制以来の共和国のいわば知恵であり国是である。個人の信仰の自由を確保し、私的空間での自由な表現を担保するために、公共空間での宗教的表現を禁止するものである。

 2004年、公立学校でのスカーフ着用禁止が法制化されたとき、イスラム教徒の一部はこれに怒り、イラクではフランス人ジャーナリスト2人が人質にされた。

 同じくこのライシテの原則により、フランスはブッシュのキリスト教原理主義を厳しく批判し、アメリカはこれを「信仰の自由の侵害」として見当違いの批判をした。また、この時、イラク戦争に協力しなかったフランスを、アメリカは「古いヨーロッパ」と非難した。

 

 建前では、憲法上「政教分離」が厳しく規定されている(20条、89条)にもかかわらず、日本では、首相であったとき「天皇を中心とする神の国」なる発言をした男がまだ影響力を行使していたり、与党・野党の政治家がこぞって靖国神社に平然と「公式参拝」したりする。おかしなことである。さらに公立の小・中学校で「君が代」斉唱が義務付けられている。公共教育の場で、天皇-国家神道という「特定の宗教」がデモンストレーションされているのだ。公共教育の場から注意深く宗教色を排除するライシテの逆を行っているわけである。

 日本でも、政教分離は徹底されるべきだ。それももちろん「政治の力」によるしかない。

 

 イランのアフマディネジャド現大統領は反米、反イスラエルでならし、「ナチスのユダヤ人虐殺など無かった」と発言して顰蹙を買った。彼もまたイスラム原理主義者である。現在戦闘的反政府デモを指導し、反対勢力のリーダーとして「改革派」などと言われているムサビも(「穏健派」ではあるのだろうが)、背後にいるのはハタミ前大統領であり、ラフサンジャニ前最高評議会議長である。ともにイスラム教原理主義者である。もともとイスラム教に「政教分離」の思想はないのだろうか。もっともトルコなどはEUに加盟すべく何とか政教分離のかたちをとっている。出来なくは無いはずだ。「改革」をいうなら、根底的に政教分離まで改革を進めて欲しいものだ。

 

 キリスト教原理主義もユダヤ教原理主義も、イスラム教原理主義も、およそ宗教を政治に優先させる思想に人類の希望はない。それ(原理主義)は個々の人間の生よりもそれぞれの「神」を優先させるからだ。

 

 本来は今こそ政治の出番なのである。

 

 

 

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