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裁判員制度だって

2009. . 08

 菅谷利和さんという人が、再度のDNA鑑定が実現し、やっと無罪が確実になって釈放された。失った18年は長い。

 それにしても、最初の裁判で間違ったDNA鑑定と自白をもとに、誤った判決を出してしまった連中は謝罪もしない。それどころか「ベストだった」という声明まで出し、何より、再三のDNA鑑定のやり直しすらも拒否し続けてきた。この連中はいったい何なのだろう。もし少しでも前に精度の高くなったDNA鑑定だけでもやり直していたら、その分早く菅谷さんは釈放されていたのだ。途中でこの再鑑定要求を拒否した奴らというのは無実の菅谷さんを自らの怠慢と奢りのみによって10年以上監禁し続けてきた事になる。これは犯罪ではないのか。

 

 さて裁判員制度である。専門的教育を受けたはずの人間たちにしてこの不始末なのである。「自白」とその段階で「科学的」といわれる証拠があがっていたこのような事件であったとして、しかも「多数決」などで、より多くの過ちは起きないものだろうか。この制度はきちんとした議論もされずに、広告会社によって動員された「やらせ」と「さくら」による「タウンミーティング」だの、アイドルタレントやゆるキャラによる広報だの、胡散臭い話ばかりの中で、とにもかくにも決まってしまい、かつ実行されようとしている。

 あげくのはてに、当の裁判員にとって最も基本になる情報、供述調書はなんと「映像化」されるのだそうだ。

 本当に大丈夫なのか。

 

 素人が法的な判断に口を出すのがどんなに怖いことか、違う例から書いてみたい。

 

 僕は20年ほど前に離婚している。

 中国出張から帰った当時の妻が離婚したいと言い出した。すぐ後でわかったのだが、出張先の上海で男が出来たのである。さすがに自尊心が傷つけられたので、感情的にはなったが離婚自体は仕方ないとも思った。また落ち着いてみれば、もとより妻の不倫など「倫理的に」責められるほどのものでもなかった。

 だが僕たちには当時まだ幼稚園児だった男児がいた。生身の子を分けるわけにはいかないから、当然親権の問題になる。どちらかに決めなければ離婚は出来ないのだ。これはお互い譲るわけにはいかなかった。双方に弁護士が付いて闘うことになった。特に、彼女が、その男(英国人だった)を上海から京都まで呼び寄せて、子供を家に置いたまま旅行に出かけるに至って、僕は相当な闘いになると胎を決めた。どうしても、何が何でも子供は渡せないと思った。だから、その年の暮れに、彼女が子供を連れて行方をくらました時も、何とか実力で取り返してきた。親権者を争う裁判になるのだから、「真ん中にいるものを引っ張り合う」裁判など無い。ちゃんと一緒に生活しているという事実こそが大切なので、それを引き離す必要があるのかという裁判になるはずだったからだ。いうなれば、闘いになると覚悟を決めたときから、僕は「敵」の側がここまではしないだろうとたかをくくっている以上のことをいつもやったのだと思う。英国に帰ったその男に弁護士から手紙を出す、興信所を使う、旧知の仲間と図って子供を実力で取り返す、などである。ちなみに件の手紙にはぬるぬると気持ちの悪い文体の返事が来た。内容は何にも無かった。ただ粘着質で下品な英文で、それだけでその男の程度は知れた。

 

 周知のように、家庭裁判所では離婚の場合、調停前置主義といって、まずは調停委員のカップルが間に立って「話し合い」を進める。まあ、その話し合いで何とかどちらかに親権者が決まればそれで離婚できるわけだ。もちろん家裁へ来ているくらいだからそう簡単に決まる筈などない。もめるし時間もかかる。そして、「調査官」というのが来る。これもカップルだ。争っている双方、場合によっては子ども自身にインタビューしたり、地理的条件などを調査したりしてレポートを作るわけだ。そして家裁の審判官がどちらが親権者になるか「審判」をくだすことになる。これが決まって離婚すれば調停離婚というわけだ。書いていてもおかしいが、非常にご都合主義である。まず、「調停委員」はもちろん「調査官」にも一切法的な素養などは無い。僕の場合、正確には突然調査官が変わったのだが、その後で現れた方の調査官の男などは、通常の市民的常識も教養にも欠けていた。頓珍漢なことばかり云い、こちらを呆れさせたものだ。「君は相当なプレイボーイのようだが、本物の遊び人ならオンナの心をもっとしっかり捕まえておくものだ。」とか「相手は子供じゃないか。」とかくだらないことばかり言う。だが、何といっても彼らが書くレポートによって子供ひとりの人生が決まってしまうのだ。人質を取られているようなものだから弁護士も僕も丁寧に注意深く接する。すると何を勘違いするのか妙に居丈高に横柄になってくる。始末に終えない男であった。二言目には僕に言ったものだ。「君は今、こんなところに居る。」ジェスチュアで手を高く上げるのだ。信じられないが本当の話だ。、で、今度は手を下ろして「この辺まで降りてきて欲しいんだよ。」さっぱりわからない。「降りてゆく」とは何なのか、親権を譲れというのか、ここまできて争っているのにそれは有り得ない。あるいは、当時流行しかかっていたように「親権と看護権を分属」させろというのか(一時期先方の弁護士はこれを主張したがすぐやめた)、定期的な面接交渉を認めろというのか(これはその時すでに実現していて、こちらも認めていた)、ジェスチュアして怒鳴るばかりで説明が無いのだ。要は何か妥協のポイントを探れという事らしいのだが、子供を2つに分けられないのだから、「降りて来い」といっても親権はどちらかに決めるしかないのだ。言っている調査官本人が何が問題なのか内容をわからずに言っているとしか思えなかった。弁護士に対しても、「あの先生は勝ち負けばっかりしか頭に無い」などと周囲に悪口を言っていたが、実際「勝ち負け」つまりどちらかが親権者になるという以外に道はなかった。その上で、面接交渉も含めた他の親子のあり方が問題になるのだ。ジェスチュアで騒がれるような降りるとか降りないとかなどないのだ。僕も弁護士も本当に嫌になった。僕はこんな奴のレポートで大切な子供の人生が決まるのかと情けなくなった。

 そして僕と弁護士は相談して調停は「不調」にし、地裁に持ち込んだ。そのときこの調査官の言った言葉も忘れられない。「地裁に行かれてしまったら、私たちの立場が無いんですよ。」

 こちらは子供の人生とその時の自分の実存をかけて闘っているのに、「立場」ときた。いったい何を言っているのかと思ったものだ。この男には親権という(それは実は子供の権利でもある)人の一生のかかった問題よりも自分たちの家裁調査官という「立場」のほうが大切だったのだ。

 

 そういうわけで、家裁の調査官などというのは法律の勉強もしていないし、通常の教養にも欠けるというのが僕の経験だ。みんながみんなそうだとは言わない。実際、初めの調査官は少しましだった。だがそう思うのも僕のほうにひいき目だったからだけかもしれない。「どうも高学歴な女性はわがままな人が多くて困りますねえ。」これも本当にあった発言だ。聴けば児童心理学など勉強した人がなるケースもあるという。それなりの人も居るのかもしれない。だが、結局は弁護士や検事になれなかった人間が、コンプレックスを抱えたまま、人質を取られて仕方なく頭を下げている相手に威張っているだけなのではないのか。

 

 僕は、この離婚さわぎ、つまり親権の争いに3年以上をかけてやっと勝利し、離婚を成立させた。子供が成人する時にこうした経緯・事情を話した。彼も僕が親権者であって良かったと言ってくれた。親権をとって離婚した後、僕は意地のように、母親だらけの授業参観だの父兄会だの、学校関係行事はすべて参加し、2人でキャンプに行ったり、海へ行ったり、長じては英語や歴史の勉強をみたり、また僕の母や伯母の助力も得て、とにかく子供が親が離婚したことで嫌な思いをしないようにあらゆる努力をしてきた。だから子供からそういう言葉を聴いたときは素直にうれしかった。

 

 離婚もこのような裁判沙汰までやると、一度は夫婦だったのだからかけらくらいは残るはずの信頼関係もまったく消えてしまう。軽蔑や強い憎しみだけが残る。僕は遺言にも書いている。僕に万一のことがあったときにも、僕及び僕の家族の名誉・人格を著しく傷つけた元妻の献花・香典の類は絶対にこれを拒否するようにだ。(まあ無いと思うが万一あったとしてもということだ。)僕の気持ちである。そのくらい強いものだという事を息子にわかっておいて欲しいわけだ。また、離婚だけならただ感情を収めれば済んだのだろうが、とにかく親権を巡って闘ったので、その間3年あまりはそれなりにデリケートになっていた。毎日張り詰めた緊張感を持って闘っていたのだと思う。いまだに、友人の弁護士はもちろん、そのときに色々な角度で僕を支持し味方になってくれた人たちへの恩義は忘れられない。子供を取り返しに行く時には義妹と昔の友人たちの協力を得た。「民事不介入」の建前の念押しで、事前に交番まで一応根回しに行ったりした。が、なんといっても実力行使であったから、計画通りスマートに進んだから良かったものの、それは結果であって、どんな事態が起こるかはわからなかった。友人たちは逮捕される危険もある中、身体を張って僕に協力してくれたのである。また、身近にいて絶えず励ましてくれた親友や、味方になってくれた幼馴染には、彼らが皆、両者をともに知っている人たちだっただけになおのこと感謝している。知った上で味方してくれたからだ。逆に、当時事情も知らずに僕を「有責配偶者」だろうなどと軽口を叩いた人間には今でもわだかまりが残っている。本当に離婚だけだったら、普通の僕なら冗談の種にしても済んでしまう話なのだ。が、非常に神経質になっていたのはもちろん子供一人の運命がかかっていたからだ。さらに付け加えれば当初その運命に「調査官」なる素人が絶大な影響力を持って「調査」していたからである。神経質にならざるを得なかったのだ。彼らはどんな偏った情報でレポートを書くかわからない。法的な素養も、通常の常識も欠いていたから、公平・中立になることなど期待できず、つまらない一言で、彼らが僕にどんな偏見を持つかわからなかったのだ。

 

 また昔話をついつい想いだして書いてしまった。素人が裁判に影響力を持つことが恐ろしいことだと云いたかった。今回、なし崩し的に決まった裁判員制度など、本当にまだまだ練れていない制度である。例えば死刑ひとつとってもそうだ。アメリカの陪審制であれば、確か、良く引き合いに出される映画のように全員一致が原則である。そして、他の陪審制の国では死刑は廃止されている。ということは、日本だけは、死刑がなんと多数決で決まってしまうことになるのだ。僕は現代日本の社会を考えたら死刑廃止など唱える気になれないでいるものだが、死刑を多数決で出そうというのはかなり乱暴で無茶な話だろうと思う。死刑という例ひとつとっても問題だらけだ。

 

 とにかくもう来月から開始されるわけだが、一時も早く「見直し」されることを強く望む。今回の「裁判員制度」に、今のところ「良い点」などまったく考えられない。

 

 

 

 

 

 

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