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鹿島茂「吉本隆明1968」

2009. . 03

 僕は鹿島茂の熱心な読者である。「馬車が買いたい」以降ほとんどすべての本を読んできたと思う。また、以前このブログに書いたように(鹿島氏と同じ)「頑固な吉本主義者」である。だから、この本は刊行が予告された時から相当期待していた。多忙な時期と刊行が重なったが、さすがに期待通りの内容と面白さであっという間に読み進んだ。

 

 それにしても、自分の吉本体験と照らし合わせて、様々なことを思い出し、再確認することの多い読書であった。

 

 著者・鹿島茂は、実に彼らしいのだが、吉本の「肯定の思想」あるいは「寛容の思想」を徹底して軸において展開する。その「転向論」にあっても、芥川龍之介や高村光太郎についての著作でも、どこまでも彼らの「出自」とそこからの「離脱」乃至は「階級移行の幻想」の問題に徹底的にこだわってみせた。もちろん吉本の視点を通してだ。そして、「自立の思想的拠点」に結実した初期吉本思想の核を、絶えざる「大衆の原像」の取り込みと、欺瞞的な「知的上昇過程」に負う「階級移行幻想」の否定(「痩せ我慢比べ」の否定)であるとした。

 

 大衆の自然な生活や欲望を制限したり倫理的に非難したりする一切の思想は根底的に間違っている。当たり前のようだが、これを言い切り、スターリン主義者を、また「反スターリン主義」を唱えながらも同じような「階級移行」の痩せ我慢ごっこや「内ゲバ」の惨事を繰り広げた者たちをも一貫して批判しぬいた「知識人」は他にいない。

 

 いつだったか僕も書いた覚えがある。例えばひとの着る物や食べる物に「贅沢だ」などと倫理の仮面をかぶってケチをつけるような人間が、実はポル・ポトの大虐殺や、文革の悲劇を生んだ思想構造を持っているのだ。当然ながらここでも同じ内容が書かれていていささか痛快であった。

 人間の嫉妬とかひがみといったものはそれ自体は自然なのかもしれない。だが、それは本質的に人間の中の最も卑しい感情であると言っていい。その卑しい観念を組織すれば、卑しい組織や卑しい運動しか生まれようが無い。スターリニズムやその残骸というべき毛沢東主義というのはそれをやったのだ。それが陰惨な粛清や虐殺を生んだ。もちろん文革もそうだし、連合赤軍の悲劇もそうだ。話がそれるようだが、この本にもあるようにこれは決してそれているわけではない。

 僕はスターリニズムを生み出したロシア革命後のボルシェヴィキをまったく評価しない。また「歴史的制約」などといってそれら旧ソ連・東欧諸国の体制を肯定するあらゆる思想に組しない。またスターリン批判以後、強固に残った左翼スターリン主義ともいうべき毛沢東主義とは徹底的に対決すべきだと思っている。

 連合赤軍両派の生き残り指導者、赤軍の塩見孝也と革左の川島豪(91年没?)がある対談で89,90年の東欧の激動、チェコのビロード革命に対して、「歴史が逆のほうへゆり戻されてしまっている・・・」と語っていた。これこそが彼らの正体(スターリニスト)だ。全くとんでもない奴らである。彼らを「新左翼」などとは本来は言えないはずなのだ。連赤事件直後、僕は安保ブント書記長・島成朗氏の話を聴く機会があったが、氏は「共産党から脱してブントを結成した大きな柱は反スターリン主義だった。それが10年以上経ったら、ブントから割れていったはずの部分が何故毛沢東主義というプロ・スターリン主義にかぶれるのか・・・」と嘆いていたものだ。

 

 折りしも、今年はビロード革命20周年、天安門事件20周年である。ビロード革命は勝利し、現在その記念日は祝日になって、プラハ・ヴァーツラフ広場には当時の「反革命」共産党員政治指導者たちの写真が掲げられる。市民の記憶を風化させないためだ。一方、当局側発表でも300人以上という犠牲者を出し、敗北した天安門における闘いは、生き残った共産党権力によって無理やり忘れ去られるよう仕向けられている。毛沢東主義者たちは自らの権力にしがみついているのだ。

 

 スターリニストたちは形を変えてまだまだ健在なのである。だから、吉本の言う、この種の「痩せ我慢比べ」は、この日本で現在でもしつこく顔を出す。反核、環境保護、フェミニズム、反貧困、形を色々とかえて。だが結局は人の良い、上流にせよ下流にせよ出自にコンプレックスをもっている人に対する「脅し」でしかない。一般的にそれ自体として反対しようが無い事を声高に主張し、「苦しんでいる人がいる」のに君の生活や行動はそれでいいのかと脅すわけだ。脅している人間の活動が検証される事は無い。戦時中、「戦地で頑張っている兵隊さんの苦労がわからないのか」とか「アジアの貧しい民衆の解放」とかファシズムにさんざん脅された吉本は徹底的にこの種の「脅し」を批判し、ファシズムもスターリニズムも、「反スターリニズム」前衛主義も同根であるとしたのだ。吉本はこれらを「前衛的」コミュニケーションと呼び、コントラ「前衛」コミュニケーションを対置した。

 

 さて、この本を読むとつい色々想いだしてしまうのだが、僕は高校時代、友人から借りて「自立の思想的拠点」を読み、特にその『日本のナショナリズム』に感動したのをよく覚えている。例の「上げ底化されたナショナリズム・大衆の意識」のくだりである。鹿島氏ではないが、僕もなるほどこういう捉え方が出来るのだ、本当に世の中はそういうものだと共感したものだ。それから、いわばこの鹿島氏の本と逆の順序に、「高村光太郎」や「抒情の論理」、「芸術的抵抗と挫折」を、また「言語にとって美とは何か」を読んできた。そして僕あるいは僕たちにとって決定的だったのは、その頃、勁草書房「吉本隆明全著作集」が刊行開始されたことだろう。特に「政治思想評論集」は熟読したものだ。

 そんなわけでそれ以来僕は「吉本主義者」になった。もちろんこれは教条を排することであって、また、本当の「コントラ前衛コミュニケーション」を目指していたので、吉本を教祖と仰ぐ人や組織とは無縁のことである。

 

 また、僕は自他共に認める「下町っ子」なので、吉本が谷中・千駄木あたりから動かない感覚も、この本にも幾度と無く引用される、高村や芥川について語る文章に出てくる「下町オリエンタリズム」もその批判もよ~くわかる。人の良い人を脅すような「階級移行」幻想とも、「知的上昇」による階級離脱などにも最初から無縁だったからだ。

 僕の実家はわずかながら資産があったので何とかやってこられたが、そもそもサラリーマン家庭ではなかったから、世に言う「高度成長」や「所得倍増」とはまったく無縁であった。下町の中にあって傍目には豊かに見えていても「フロー」のほうは大変だった。最近昭和30年代ブームとかでやたら下町の風俗を懐かしがる人もいるようだが、身体で知っている僕としては懐かしいよりも一時も早く脱出したい環境であった事を思い出してしまう。

 吉本はこの辺の自分の気持ちまで当時からよくわかってくれているようであった。読み親しんだ理由のひとつである。

 

 これも我田引水だが、高校時代、僕は「生徒会無関心の弁護」というスピーチを弁論大会でやって入選した。「無関心」を非難されるいわれはないという趣旨であった。

 当時も、「ベトナム戦争」について、あるいはさまざまな社会問題について、もっと「関心」を持てとか、それについて「討論しよう」とか、「生徒会」に関心を持って参加しろとかいう僕の言う「優等生」たちがいた。僕はそんな連中が大嫌いだった。僕は当時反戦デモに参加していたが、僕の経験上はっきりいえたのは、「関心を持って討論したがる」奴らと本当に一緒にデモに来てくれる奴とはまったく別だという事だった。

 だから、吉本の「大衆の原像」とまで深いところまで行かずとも、要するに、日常の生活と関係の無い事に「関心を持つ」という事がそれほどの事でもないというのはよくわかっていた。

 

 つまり僕は、組織も運動も、既成左翼とまったく違う、新しくポジティヴなものを、いつも求めていたのだ。それもこういう吉本の読み方をしていたからである。

 

 だから、高校での僕たちのささやかな学園闘争にあって、愉快なことに、日頃、政治などに興味を持たず、私立女子高生とのデートや、スポーツや、お洒落にしか関心のない高校生たちがヘルメットをかぶり、バリに入り、文部省デモまでやってきたことや、あるいはまた大学での学費闘争が、それこそかつてなく大きな大衆的規模で闘われたことに、僕はオーガナイザーの一人としてひそやかな自負を持っている。

 

 というわけで、実に色々と考えること、想いだすことの多い読書であった。それにしても痛快だった。鹿島氏の吉本の読み方、思想の核の捉え方に本当に共感するからである。

 

 最後に東京人としては、この本に頻繁に登場する「山の手」と「下町」という語句、地域について一言。

 最近は混乱しているようだが、本来東京人にとって「山の手」とは、その名の通り山手線の内側、特に、文京区、千代田区などの高級住宅地を中心とした地域を言う。つまり、間違っても郊外、杉並や世田谷、まして私鉄の沿線のことは最近では高級住宅地が開発されたとしても「山の手」とは言わない。このへんが最近東京に来た人たちにはどうも通じ無い事がある。同様に「下町」とは、銀座、日本橋、浅草、等を含む中央区、台東区あたりのことを指し、足立、荒川、まして江東区を下町とは言わない。これも同じことだ。少なくとも、芥川、高村そして吉本や鹿島氏がいうときの「山の手」と「下町」はオリジナルの使い方である。

 

 どうも最近は混乱が過ぎるようで、東急沿線を「山の手」と言う人がいたりして、別の本で福田和也がこれと同じような、つまり僕と同じことを言ってオリジナルの意味を強調していた。ちなみに彼は田端の丘の上、下町と山の手の境界の出身のようだ。僕などよりはるかに、この語句の使い方が気になるようである。

 

 それにしても、ストレートに世代的「吉本体験」を語った出色の鹿島茂「出身階級的吉本論」であった。

 

 ここへ来て、村上春樹「1Q84」も含め、次々に読みたい本が刊行され、これから6月いっぱい読書に忙しい。またブログのネタが尽きない。

 

 

 

 

 

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