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いのちの「規制緩和」

2009. . 20

 ここ数日、新聞に出ていることが気になってならない。浅薄な一団が「臓器移植法」の「改正」を唱えて、国会に上程しようというのだ。特に焦点となっているのは15歳未満の小児の心臓移植である。これを「親の承諾」ですすめてしまおうというのだ。

 ずいぶんと身勝手な話ではないか。

 自分の子の命を助けたいと思う、それは自然なことだろう。僕も子を持つ親だから、また、かつてはその子も小さかったから、気持ちはわかる。だが、そこに「人の子の命を奪っても」とつけば誰でもそうだと言い切れるものではない。心臓移植というのは「生きている」心臓が、小児の心臓であればそれに見合う小さな心臓の提供が前提なのである。つまり、心臓が生きていて、脳が死んでいる「脳死」した子供の存在をその前提にしているわけだ。脳死したといっても、その子はまだ「成長」もするし、「生きている」子と同じ姿なのだ。また小さな子の場合そもそも「脳死」の判断自体がものすごく困難なはずだ。「とる」側の親がその子を愛するように、「とられる」側の親とてその子は愛しい。仮に親が割り切ったところで、本当に「心臓をとってしまって」完全に命を奪ってしまってよいのかどうか、誰が判断するのだ。

 

 僕は、突き詰めて考えれば、やはり「脳死」は人として死だと思う。ただし、本当に「脳死」であればである。そこはまだまだ未知の分野だと思う。移植という事を前提に脳死しているか否かの判定がなされるのだから、つまりより「新鮮」な臓器というニーズのもとに判定がなされるのなら、僕にはその判定は信じられない。

 また、今回の提案のような「親の承認」などで、移植をすすめられたら、子供はたまったものではない。現に臓器は売買されているのだ。虐待も多数ある。親が子供の心臓を金に変えようと思わないと言い切れるのか。もしこれを認めればそのために子を作って金にしようとする親だって現れるかもしれない。子供の身体を前に、脳死の判断はもちろん、その経緯も含めて医師はすべてを判断、裁量できるのか、できるはずは無い。これは極端な例ではない。

 

 小児の臓器の、市場規制緩和、こんなことを許してはいけない。

 

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comment

ライ麦狼
「親の承諾」には私も反対です。
といっても移植には賛成なのですが・・・

子供でも未成年でも成人でもある話なのですが、交通事故で亡くなった方が、生前にドナーカードで「死後の臓器提供」を希望・明示していても、親や遺族が拒否する事例が多々あるそうです。
ドナーカードに遺言書と同等の効力、もしくはドナーバンク登録時の本人の主張を優先。・・・そのようにして頂かねば、死者の臓器だけてなく、声や意思さえも無駄にしてしまいます。
だから「親の承諾」には反対です。
2009.04.21 00:25

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