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訃報ふたつ

2009. . 17

 新年が明けて、尊敬していたアーティストの訃報が続いた。昨日アンドリュー・ワイエスが亡くなったそうだ。先日のブログで名を出さずにいたアピシウスに飾ってある名画のひとつはワイエスのものである。僕は画集でしか見たことのないクリスティーナの世界やそのシリーズにも魅かれたが、やはり実際の作品を数多くみてきたのでそちらの印象が強い。三越の画廊で、まだ僕が20代のときにみた冬景色の作品、よくみると氷柱のなかの白が紙の色、つまり絵具が抜いてあるのを発見して驚いたことがある。それが光に輝いているのだ。素晴らしい表現力である。画面にみなぎる清涼な空気は、もうテクニックだけでは到達しないある境地に至っていたようだ。彼の作品ははっきり言って当時から桁が違っていたので、僕は飾られているものをみて楽しむことしか出来なかった。お金を持っている人はこういうものに使ってコレクションして、出来れば他人も楽しませて欲しいものだ。

 

 12日にクロード・べりが亡くなっている。新聞には映画プロデューサー、監督、俳優としても活躍とあり、いくつか作品が紹介されていた。けれども僕にとって大事な彼の監督作品が2つとも抜けていたので書いておこうと思う。

 83年の「チャオ・パンタン」、スクーターでしがない麻薬の「運び屋」をやっている青年とガソリンスタンドに勤めている初老の元刑事、彼は実は息子を失っていて青年は彼を彷彿とさせたのだろう、彼らの何気ないが強い友情。ある日、組織との軋轢で青年は殺される。直前に一緒だったパンクの少女(これが名演、青年が借り物のバイクに乗せてやって誘う、彼女はこの初老の男に何故か魅かれてゆく。)を介して、この男が一味を追い詰めてゆく。往年のフィルム・ノワールのような秀作である。

 もうひとつはいうまでもないが(新聞はどうしてこれを省いたのだろう。)93年の「ジェルミナール」、ゾラの原作の忠実な映画化。エティエンヌに歌手のルノーを起用し、マユにジェラール・ドパルデュー、その妻にミウミウを配し、役者ぞろいで迫力のある仕上がりだ。ブルジョアの炭鉱オーナーたち家族の様子、不倫、貧しい炭鉱夫の家族と生活、エティエンヌが各炭鉱をストに組織していく過程、憲兵との衝突、アナキストとの軋轢(彼は終始皮肉な眼で闘うエティエンヌやマユの家族をみているがラストちかくで炭鉱を爆破する。)、圧倒的な描写の大作である。作品にもその名が出てくるが、ちょうど第1インターが組織されてくる頃、フランス第2帝政期の歴史考証もしっかりしているようだ。僕はこの映画を何度見ても厭きるということがない。

 いつも68年の話になるが、この年、クロード・べりはプラハの春の、ソ連軍侵入を含むドキュメントを撮ったチェコのヤン・ニェメツに協力して、チェコでは当然発表禁止になったこの貴重なドキュメントを直後に公開している。

 

 優れた芸術家が亡くなるというのは仕方ないことかもしれないが寂しいものだ。当たり前だが作品ももう出ては来ないわけで、僕たちは便利になった世の中でせいぜい過去の名作を楽しむことにしよう。

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