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常盤新平、ザ・ニューヨーカー

2013. . 01
 先月22日、常盤新平氏が亡くなった。僕と同世代の読書好きには感無量だったことだろう。もうだいぶ前になるが、アーウィン・ショー本人が亡くなった時、あるいは小泉喜美子さんが、酒に酔って転んでそのまま亡くなったと聞いたときのように。

 僕が高校生の頃、早川書房から「ニューヨーカー短編集」が全3冊で出版された。僕は当時はその一部しか読むことが出来なかった。また、本当の意味では、その粋が理解できなかったのだと思う。だが、当時銀座にあったイエナに行っては「ニューヨーカー」の本誌を手に取り、表紙のイラストを眺め、アメリカにはなんとまあ洒落た雑誌があるものかと思ったものだ。

 後年、働くようになってから、常盤新平の翻訳で「夏服を着た女たち」を、あるいは小泉喜美子さんの翻訳であの「80ヤード独走」を読み、ニューヨーカー常連にアーウィン・ショーという素晴らしい作家がいることを知り、彼の短編、長編を貪るように読んだ。「都会的」とか、「洗練された」とかいう言葉はこういう小説に使われるのだろうと思ったものだ。そして軽やかに見えるその短い物語の中に、人生の哀歓がたっぷりと凝縮されてつまっていて、これは確かに青臭い学生の頃にはちょっとわからないなとも思った。小さくてもビジネスでの成功や挫折、あるいは恋愛体験、深刻な出会いや別れ、そういったものを一定経験していないと実感がついてこないからだ。
 ショーの描く都会は実はニューヨークだけではない。アメリカ中西部の小さな街も出てくるし、パリや南仏も出てくる。スイスの保養地も出てくる。共通するのはそこに展開される現代の「都会人」の心象である。スポーツ、文学、政治、男女の愛、描かれる世界は広い。僕はその後、各地を訪れ、様々な国の人とも出会い、ショーの世界を追体験というか何とか実感する。

 あんまり好きだったので、僕は英語の原文にもいくつかチャレンジした。読んだ人はわかると思うが、ニューヨーカー派の英語の文章は難しい。ヘミングウェイを読むのとはわけが違うのだ。常盤新平や小泉喜美子に感謝する次第である。彼らの愛情たっぷりの翻訳を通じて触れていなかったら僕には多分まったく歯が立たなかっただろう。そして人生でショーに出会うことはなかっただろう。

 常盤新平氏は英会話が苦手だったそうだ。あこがれていたニューヨークへ何度か出かけても、あまりしゃべらず、「英会話ができたら翻訳家なんてやっていません」とおっしゃったそうである。人柄が感じられる。ニューヨーカーに載った短編、特にアーウィン・ショーは本当にお好きだったのだろう。訳文に愛情が感じられる。現在、「英会話」の上手い人などたくさんいるのだろうが、こういう翻訳に出会うことは少なくなった気がする。
 僕たちは常盤新平氏や小泉喜美子さんによってアーウィン・ショーという類まれな作家と出会ったのだ。

 僕は初めてニューヨークへ行って街を歩いたとき、ショーや常盤新平氏のことを思いだし、昔の自分の憧れを反芻した。そして「ニューヨーカー」を買って、街の情報を得て、カーライルホテルのボビーショートのトリオを聴きに行った。何から何まで彼らから得た知識であった。


 また好きな人が亡くなった。合掌。


 






 
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