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「緊縮財政」抗議・スペイン、ギリシャの闘い

2012. . 27
 昨日、安倍が2度目の自民党総裁になった。自民党の「国会議員票」による逆転勝利とのことである。「一票の格差」をそのままに、また小選挙区制によって、全国の「小選挙区」から「少数」の選挙民によって押し出されてきた国会議員たちの数で決まるのだから、仮に総理になったとしても、「民意」とはかけ離れているのは言うまでもない。
 尖閣、竹島の問題が騒がれているのを機会に、ナショナリズムを煽り、勢いでまた子供会のような仲良し・お友達政権でも作られたらたまったものではない。

 だが、前回安倍が総理になったときと決定的に違うことがある。反原発・官邸前デモのように、「民意」の直接的なアピールが日本でも無視できない力になってきたことだ。簡単な話、僕からみれば、東京の官邸前デモの参加者の数は、国会議員を送り出してきた田舎の選挙民の数よりはるかに多い。どちらが「民意」であるかは明確だ。僕個人が考えが違うにしても、例えば石原都知事が都民の意思を代表しているというのは正当である。そういう選挙を経たからである。あるいは橋下市長が大阪市民を代表するのも同じ意味で正当だろう。僕の考えなどそれこそ関係ない。だが、民主党、自民党の「国会議員」や、彼らによって選ばれた「代表」だの「総裁」だのが、日本の国民を代表しているとはもういえないのだ。

 反原発運動、反グローバリズム、反資本主義の運動は、新しい「スタイル」を持って、もう始まっている。もちろん日当をもらって出てくる官許の中国のデモや、「表現の自由」や「政教分離」といった近代の前提を無視するイスラム原理主義者のデモなどはまったく別の話だ。


             国会前スペイン9.25
 
 一昨日、昨日、EUの「弱い環」といわれたスペイン、ギリシャでゼネスト、デモが闘われた。突然の単発的なものではない。
 ラホイ政権下のスペインにあっては、以前このブログに書いたが、炭鉱労働者の決起から粘り強く続けられてきた闘いである。5月31日からゼネストに入った炭鉱労働者たちは6月22日に、一部家族まで伴って首都マドリッドまで500キロ数百人で行進した。沿道では各所で励まされたそうだ。7月11日、マドリッドで数万人のデモと合流。感動的な大デモンストレーションが闘われた。そして一昨日、ずっと続く大小の抗議行動の焦点ともいうべきゼネスト、デモが闘われたのである。

             スペイン、マドリッド9.25

 また、昨日、ギリシャではサマラス政権下ではじめての官民両労組によるゼネスト、デモが闘われた。年金カットなどさらに打ち出された財政緊縮策に抗議する闘いである。スペインと同じ、巨大化した金融機関や腐敗した政治家・官僚たちがさんざん大儲けし、そのギャンブルによって損失した負担だけを何故働く一般国民に押し付けるのか、という怒りのプロテストである。7万人以上に膨れ上がったデモは一部火炎壜まで飛び、100人以上の逮捕者が出た。

             9.26 アテネ

 さて、日本の最近の反原発デモなどで、一部誤解があるようだが、「非暴力直接行動」の考え方というのは、「逮捕者を出さない」ということではない。無用な弾圧を避け、参加者を広げ、いわば「敷居を低く」するために、整然とした行動や統制をとるのは大切なことだ。現在の官邸前デモはリーダー格の主催者はそれに成功し、よくやっていると思う。だいたい運動に参加する人間の決意は受ける弾圧のきつさによってある程度決まってくるからだ。逮捕されるのは絶対に嫌だと思う人は合法デモしか出来ないし、怪我をするのが嫌な人は「実力闘争」など出来ない。それでかまわない。多くの人がデモに参加し、抗議の声を挙げることのほうが大切だからだ。昔の新左翼党派のように、強引に「暴力的」闘争をやれば多くの人が引いてしまって逆効果、反原発という目標のためには害のほうが大きいだろう。だが、直接行動の意義とは一方で、権力の逮捕を含めた弾圧を恐れずに闘うことで、その権力の暴力的な正体を暴露することにもある。

             9.25スペイン国会前

 闘いとは政府との「調整」をやることではないのだ。先般、首都圏反原発連合代表と総理との短い会談が行われた。とうとうここまできたという感があった。だが、「調整役」を演じ、官邸へ「引率」した辻元清美の破廉恥で情けない姿をみれば反面教師になるだろう。主張を語るために、全国民にアピールするために政府の人間、総理と話し合いの場をもったのは闘いの勝利である。が、「調整役」などやった人間は破廉恥な姿をさらしたに過ぎない。自らの「権力欲」のために反権力の運動を利用したにすぎないことが皆にわかってしまった。直接民主主義を希求し、無党派を持って任じる運動は、セクト主義を警戒すると同時にこの種の自己顕示欲の強い権力亡者にも警戒しなければならない。

 スペイン、ギリシャなどヨーロッパで、、そして今インドネシア、韓国などアジアの国々でも「新自由主義」による資本の暴走の矛盾が吹き出し、多くの労働者がゼネスト、デモに決起し、闘いの輪が拡がっている。日本でももちろん働く階級の要求はひとつ。現在の資本主義システムを打倒することだ。人間らしく生活できる当然の権利を勝ち取ることにそれはつきる。
 
 
            
            9.26アテネ

 
 世界の「働く階級」は団結しよう。いまや「民意」はこちら側にある。

 (写真はすべてロイター。上からスペイン、マドリッド国会前デモ、同、ギリシャ、アテネ議会前デモ、スペイン国会前で警官に捉えられる女性、火炎瓶をあびるギリシャ国家保安隊。)








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