スポンサーサイト

--. . --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ウニタ

2008. . 02

 日本を離れている間に、ウニタ書舗の遠藤氏が亡くなったそうである。83歳だった。

 およそ、60年代後半の新左翼運動を経験したものにとっては、遠藤氏の顔は忘れられないはずだ。僕自身は高校生のころ、他の高校生活動家もそうだったと思うが、主要な集会やデモの前後など、よく声を掛けてもらった。彼も高校生運動の様子を聞いて楽しそうだった。

 当時よく読んだ本のかなりの分はウニタで買い求めたものである。グリーンと黄色の独特の紙表紙もまだ残っている。

 

 その頃、三崎町、神保町周辺は独特な雰囲気だった。バリ封中の大学、歩いている活動家学生、落書きだらけのトイレがあるジャズ喫茶、そんな一軒に僕は弁当まで持ち込んでジャズに聴き入った。奥さんはコーヒーとは別に日本茶を出してくれた。

 時折、笛の音が聞こえ、デモの隊列が現れたり、機動隊が現れたり、また石や催涙弾が飛ぶ事態に発展するのもしょっちゅうだった。なじみの店は逃げてきた学生を入れてシャッターを下ろしたものだ; 

 zenkyouto2.jpg

 70年代に入ってウニタが閉店してしまったのはいつのことだったか、忘れてしまった。さびしい思いがしたものだ。各派の機関紙などもう読む気もしなくなってはいたが、読むことができないというのがさびしかった。確か、書籍の再販の法改正かなにかで、小さな書店という存在がなくなってゆくときだったと思う。

 やがて、前にも書いた新左翼運動の衰退とともにウニタがあったことも忘れられていったようだ。

 

 現在、僕たちは、漫画しか読まず、漢字もろくによめない首相をいだき、そんな総裁を生んだ政党から出てきた最悪のDNAを持つ野党党首が一方に控え、絶望的な政治状況をみている。これでも60年代より進歩したのだろうか。

 

スポンサーサイト

comment

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://alexisy1789.blog44.fc2.com/tb.php/14-1699ecc9
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。