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ビロード革命

2008. . 02

 2週間ほど仕事でヨーロッパを廻っていた。11月17日にはブルノにいて、18日にプラハにはいり3日間ほど滞在した。11月17日は、ビロード革命記念日で、チェコ、スロヴァキアともに祝日として休日にしている。僕は18日にヴァーツラフ広場に行ったが、当時弾圧しようとした共産党幹部、政府権力者たちの大きな写真が氏名と共に展示されていた。獲得された近代市民的自由を2度と失うまいとする市民たちの決意の表れである。

 

 およそロシア革命の変質とスターリン主義による官僚制国家ほどマルクスの理想とかけ離れたものはない。俗な言い方だが、マルクスが生きて旧ソ連や東欧諸国の情況をみたら怒り狂ったであろう。しかも「マルクス主義」などと口走っていたのだ。マルクスは「共産主義社会」のイメージについては慎重に言っている。あえて具体的に言うことを避けていたのだ。ただ、「こうであってはならない」ことははっきり云っていて、資本の賃金奴隷が国家のそれになってしまったり、政治家、官僚が特権的階層を形成することは断固としてこれを退け批判しぬいていた。スターリン主義の登場によって、マルクスの理想、乃至は世界革命は100年以上遅れたといっていいだろう。市民的自由・市民社会の確立なくして歴史の進歩などないからだ。

 

 チェコ、スロヴァキアも、同様にハンガリーもポーランドも現在経済的には苦境にある。だが街を歩いている市民たちをみていて、また一部ではあるが数名と家族ぐるみ話していて、どうあっても旧体制への復古の意思など微塵もない。当然なのである。1968年のプラハの春、そして89年の“Velvet Revolution” ビロード革命を経て、やっと獲得した現在があってはじめて進歩も想像しうるからだ。

 

 IMG_0203.jpg

 

 2度と「労働者国家擁護」だとか「ロシア革命から過度期世界・・・」などという自称「左翼」の主張をまともに聞いてはならない。

 

 

 

 

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