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困難な状況とは

2010. . 05
 小沢がついに強制起訴されることになった。しっかりと「刑事被告人」になったわけである。本人も、まだいる支持者も「無罪を勝ち取る」と言っている。確かに、検察が2度にわたって不起訴としたのだから、無罪になる可能性は高いのかもしれない。
 だが、前にも書いたが、「無罪」とはこの場合「罪に問えるだけの証拠が揃わない」というだけのことであって、小沢の胡散臭い何億という土地購入資金の不透明が晴れて皆が納得できるようになったということではない。政治家は法のラインぎりぎりで罪に問われなければ不透明なカネを蓄財したり、不動産を買い漁ったりしていても良いということではない。当然、政治家としての国会での説明も求められるべきだし、説明のつかないようなカネを出し入れしているのなら、議員辞職を求められるのも当然である。僕は一時も早く、この小沢には政治の世界から身を引いて欲しい。田中のような「闇将軍」になどもちろんなってもらっては困る。もっともそんな影響力も、少なくとも田中にはあった人間的魅力も、この男には無いと思うが。
 この段階で、いまだに、なんと大阪地検特捜部の「証拠改ざん」事件と一緒くたにしてこれを論じ、「検察が横暴だ」などという馬鹿がいる。検察は小沢については2度も「不起訴」にしているではないか。
 
 前のブログで書いたが、このように何でも一緒くたにしてはいけない。当たり前だがひとつひとつ違うのだ。大阪地検の話はもちろんとんでもない話である。検察特捜部の人間が「証拠」を改ざんしたり、恣意的にいじれるのならば、何だって出来てしまう。無罪のものを有罪にも、有罪のものを無罪にも、思うがままである。
 僕がさらにとんでもないと思ったのは、この事件をめぐってマスコミに登場した検察OBの何人かが「(こんなことは)あり得ない」と発言したことだ。だって、はっきりと「あった」のである。これも、この証拠改ざん事件も、「でっち上げ」だとでも言うのか、そうまで身内をかばいたいのか。今回、証拠改ざんははっきりと「あった」のである。「あり得なく」などないのだ。むしろ、今回たまたま明らかになってしまったので、過去、他にもあったのではないか、今後もばれさえしなければ彼らはやるのではないか、と考えるのが自然な疑いだろう。特に、今回の村木厚子さんの時のように、相手が「弱い」と観るや、こんなにひどいことでもする、言い換えれば、相手が権力者、「強いもの」であれば、やらないか、有利になるようにする、ということかもしれない。以前も「三井環」の騒ぎで問題になったが、この大阪地検というところは特にそういうところなのかもしれない。一度解体したらどうかと思う。他の地検の大阪支部でも作ればいいではないか。

 ブログをつけていると、最近では、例の尖閣諸島、漁船船長逮捕・釈放をめぐる政府の対応について、書く事を薦められたりする。が、僕にそれほど強いモチベーションがない。ここぞとばかり、やれ核武装しかないとか、自衛隊を送れとか、戦争をものともしないつもりなのか、右派がはしゃいでいるが、そんなことに拍手する気はさらさらない。もちろん中国の対応は今回非道としか言いようの無いものであった。だが、あの調子で日本に例えば「輸出禁止」だとかの「圧力」をかけ続けてゆけば、実は困るのは中国のほうであったと思う。日本は中国以外からも輸入元を求めることができるものが多いが、中国側は日本からしか買えないものが沢山あるからである。また外交上も、国際的に孤立してゆくのは中国のほうだったと思う。だが、日本では財界は「中国との貿易額がすごく多い」ということで、中国と一緒になって政府にプレッシャーをかけた。
 結果は誰でも知る通り、船長釈放となり、「中国の圧力に屈した」かたちになった。それも、検察が「政治的判断」や「外交上の方針」をもって結論を出すという、これはこれでとんでもないことになった。検察が「政治的判断」で法的措置を決めてよいはずが無い。これを許せば、検察が逮捕者を「政治的に」選別し、例えばこいつは反権力だから起訴、こいつは権力サイドだから釈放とやってもよいことになる。超法規的ともいうべき政治的判断は政府当局者がその責任を持って判断をくだし、それによってもたらされる結果も含めて責任を取るというのが当然である。
 今回は、官邸も、検察も、とんでもないことをしてくれたのだと思う。
 しかし、付け加えていいたいが、僕は実は釈放自体は他に選択肢は無かったと思う。せいぜい、逮捕してすぐというタイミングで強制送還するぐらいのことしか出来ることは無かったと思う。このまま、「圧力に屈せず」という原則で引っ張っていって、現地で捕らえられた4人がどうなったことか、あるいは戦争にまでなったか、実際誰にもわからない。もちろん今回の一連の事態は明らかに中国のほうが悪い、だがそれを言って突っ張ってみたところで、失うものに比して、得るものはほとんど何も無かった。大事なのは今回「中国側が悪い」ことを国際的に認知させ、孤立させることであった。同じ土俵で争って中国と戦争状態にしても、例えばアメリカはそんなことのために軍を出したりはしない。実際今回も船長を釈放したことに対して「歓迎の声明」を出したのはアメリカであった。
 口先で「突っ張って」ただ原則論を言っているだけなら気楽なものだ。僕は菅も仙谷もおよそ評価しないが、今回当事者としてはそれなりに大変だったと思う。だがとにかく検察に責任を押し付けたのはひどかった。責任を持って政治的判断を示すべきだったと思う。同時に、政府批判がそのまま「尖閣諸島に自衛隊を」とか、日本も「核武装しないとなめられる」とか極端なナショナリズムになだれ込むのは危険だと思っている。
 妙なナショナリズムが盛り上がるほど怖いものは無い。簡単に排外主義になるからだ。これは中国国内も、日本国内も実は同じことだ。

 まあ、何でもかんでも、一緒くたに論じるのはやめるべきだ。ひとつひとつ事情があるのだから。
 許せないこと、怒るべきことと、そうでないこととは、ポイントを整理して、自分の中ではしっかりと区別しておきたいものである。

 困難な状況はいつもそれほど複雑にはみえない。明るく、わかりやすくみえるものだ。そんな中で、マスコミなどに危機意識を煽られる時は、警戒してむしろ努めて楽観的でなければならない。 かつて日本が戦争への道を進んだとき、今の日本人はそれを愚かというようだが、当時は多くの国民がその愚かな道を支持したのである。それもマスコミに煽られてのことであった。困難な状況の中で、しっかりと世界をみつめ「冷静でいること」は案外難しいことのようだ。
 現在、書き連ねてきたように、政治にどうしようもない閉塞感があり、民間給与所得は下がり続け、生活も苦しい。「国力」そのものが落ちているのだろう。沖縄問題ではアメリカに、北方領土ではロシアに、そして尖閣諸島では中国に、思い切りなめられることになった。 いわばナショナリズムに煽られやすい環境になったわけである。
 困難な中を考えながら生きていかねばならない。








 


 
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牧野弘幸
管理人様
>当然、政治家としての国会での説明も求められるべきだし、説明のつかないようなカネを出し入れしているのなら、議員辞職を求められるのも当然である。
 そろそろ菅首相も、小沢一郎に議員辞職勧告を出す時期じゃないかな。
 最近の世論調査では、所謂「どちらとも言えない」を除外した場合、70.7%の有権者は小沢一郎の離党を求めており、60.0%の有権者は小沢一郎の議員辞職を求めてます。

■「小沢氏辞職を」54% 共同通信世論調査
http://www.47news.jp/CN/201010/CN2010100601000553.html
2010.10.08 20:03

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