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衣替えの季節

2014. . 19
  
                         
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 毎年、お彼岸の週に、冬物をクリーニングに出して仕舞い込み、春・夏物に着替えてゆく習慣である。が、今年は寒かった。早々とウールのセーターを仕舞ってしまい、綿のサマーセーターを出したら、ずっとそれを着ている始末だった。新調したREDAの春用ジャケットも予定以上に活躍した。 羽織る機会が多いのだ。

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 昔読んだ伊丹十三のエッセイに、お洒落の肝は、「男はズボン、女はスカートと足元です。」とあった。女のほうはわからないが、男は確かにそうだと僕も思う。この春、ジャケットには、チャコールグレーのIncotexのパンツを合わせている。もっと暑くなったら、ベージュの綿パンを合わせる。テイラーには、このジャケットにはマルーンの靴を、と言われていたのだが、茶色のクロケットのUチップかウェストンのゴルフを合わせる。去年買ったPersolのサングラスも出してちょっとご機嫌だ。

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 やっと陽気が良くなってきたので、半袖ポロを出す。デニムはヤコブコーエン、ホワイトジーンズもヤコブ。両サイドにポケットのついた細いカーゴパンツはやはりIncotexとブルネロ・クチネリ。それでなくてもパンツの目立つシーズンである。ヤコブコーエンのデニムもIncotexのパンツも、もちろんクチネリも、履き心地とシルエットが素晴らしく、気に入っている。ここ数年そればっかり。

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 半袖を着た時、去年から、シンプルなものだが、革のブレスをつけている。
人間、歳を取ったら、若いとき以上に身なりに気を使っていないと、すごく情けなく見えるように思う。体型が崩れ、顔も老け込むからだ。まさか女子のようにメイクするわけではないのだ。 身ぎれいにしておきたいものだ。

 とは言っても、実は今年は家の事情で、仕事以外のほとんどの時間は病院に通っている。自分の病気ではない。身内の見舞いである。服に気を使っても、銀座や青山といったお洒落な街を歩く時間はほんのわずかだ。まあ、人生そんなものか。それでいい。入院してパジャマで生活しないで、衣替えを楽しめるだけ、自分は幸福なのだと思う。

 もう60代も、もうじき半ばになる。せいぜい健康に気を付けて、気持ちを明るく保つために、気に入ったものだけを身に着けて歩くようにしよう。



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情けない先輩

2014. . 19
  いやはや情けないことになってきた。ここのところ、メディアを見ている限り、安倍たちの暴力的「解釈改憲=集団的自衛権行使容認」に歯止めをかけられるのは、公明党、創価学会だけのようだ。野党では、共産党、生活、社民は一応原則論を言っている。
 相変わらずひどいのは民主党だ。「安保法制懇」の北岡は、口を開けば「民主党のひともわれわれと同じ考えだ」と得意げにいう。海江田代表は、安倍の「記者会見」のあと、「手の込んだ芝居を見せられたようだ・・・」などと言ってしまう。それで? どうなのだ? 話にあとがない! 反対なのか? 「芝居」が「手が込んでいたので」納得してしまったのか? 要は、この「解釈改憲」に反対してはいないのだ。党内の議論を反対でまとめられないのを自己暴露しているのだ。実に、野党として情けない限りである。またもや第2自民党になって、安倍の応援団になるのか。
 先日からFB上で辻元氏に訊いていたら、民主党は「立憲主義の立場から反対」などと言っていたが大嘘だったということだ。(消費税のときも原発輸出についてもこの女は本当に「嘘つき」だ。もっとも民主党が嘘つきで一緒に歩んでいるだけかもしれないが。) 党の代表が反対を表明しないのだ。だいたいメディアに登場する民主党議員はみんな安倍よりだ。公明党や自民党内の反対派よりずっと安倍に媚びた発言をする。   
 海江田さん!ここは落ち着いてようく考えたほうがいいよ。実は、僕は海江田氏と同じ大学・学部の同じ教授のゼミの後輩にあたる。ほんの数年の違いだから、今は亡き、かのオールド・リベラリストの教授から、同じような教えを受けたかもしれない。彼は、尾高朝雄の著書を僕に読むように薦め、憲法について、「法」について、語ってくれた。政治が法を作る、が、その底を流れるものはもっと深い「法」であること。「憲法」の根本原理とはそのような歴史の深いところに根差していること。彼はよく言っていましたよ。「事実は事実にすぎない。」「事実は規範を作らない!」政治学の基本でしょう! たかだか一政権の「解釈改憲」などいかにとんでもないか、本当によく考えてほしい。わからないとすれば、先輩ながら情けない限りだ。   
 先日も「集団的自衛権行使」は「国際常識」だなどとある民主党議員がしたり顔で言っていた。最近これもよく言われるようだ。なんとまあ薄っぺらな議論だろう。政権・権力がその国の憲法を遵守しなければならないのが、近代を通過した国家の「国際常識」なのであって、気楽に一政権が憲法解釈変更や改憲ができてしまったら、前近代的独裁国家と変わらず、それこそ国際基準にははるかに遠いといわねばならない

 ましてや、わが日本は、満州傀儡国家をでっち上げ、中国侵略をし、ナチ・ドイツ、ファシスト・イタリアと軍事同盟を結び、敗戦を迎え、その教訓をもとに、これまで憲法を守ってきたのだ。(安倍たちは、靖国参拝し、「東京裁判は間違っている」とか、「あの戦争は正しかった」とか言っているらしいが、そんなことはそれこそ「国際基準」にも、彼らが「同盟国」というアメリカにも通用しない。)
 権力の暴力を許さない。今、近代人の最低限のモラルが問われている。







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