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ここがロドスだ、ここで跳べ!

2014. . 10
 先日、ジョン・ダワー、オリバー・ストーン、ナオミ・クラインほか、海外の識者たち29名が、沖縄普天間基地・辺野古移設に反対し、基地撤去を主張する声明を発表した。  僕は東京新聞夕刊一面でみたが、他の大新聞では一切報道されなかった。さすがに琉球新報など、沖縄では報道されたようである。
 翌日、何人かの人たちがFBアップしていたのでコメントしたが、これは本当に勇気のいる立派なアクションである。彼らの知性と良心、そして勇気をみせた声明である。

 例えばアメリカの場合、とにかく自国の軍隊に退けと言っているわけだから、どんな中傷や非難も覚悟しなければならないだろうし、 場合によっては狙い撃ちの個人テロだってありうるのだ。リスクを承知の声明なのである。

 対するに、あの「特定秘密保護法」のとき、日本の「識者」のお粗末だったこと。決まってしまってから、要は、敵にとって痛くも痒くもない段階になってから、抗議したり声明を出したりしていたのである。安全圏に入ってからしか権力に抗議などできない日本の「識者」には知性も良心も、そして何よりも勇気が欠けていた。強行採決されてしまったからこの法は悪法だというのか?そうではないだろう。もっと早くから抗議し、つぶす必要があった。民主党などの野党が「修正」でお茶をにごせないように、もっと早く、はじめから反対の論陣を張るべきであった。とにもかくにも遅すぎた。今頃になって「廃案に」などと言うくらいなら、あるいは国会運営のやり方に文句をつけるくらいなら、「識者」も民主党も、もっと早く抗議の行動に参加するべきであった。アリバイ作りだけしていたのでは、敵の思うつぼだったのだ。

 ほんの少しでも、今回の声明の趣旨をみて、「識者」とは、オピニオンリーダーとはどうあるべきかを学んでほしい。声明にもあるように、今後、普天間基地移設については、安倍が仲井真知事の了解を得たとして、辺野古移転を強行してくるだろうし、それでなくても、民主党が率先して決めた消費税増税、原発推進、これは再稼働どころか、新設、輸出まであり、課題は山積している。
 安倍は靖国参拝を強行し、NSC,特定秘密保護法をもはや前提に極端な右傾化の道を邁進している。その政治的劣化は自民党保守というより、昔の「愛国党」とか、街宣を繰り返す右翼のそれに近く、イデオロギーの問題よりも、副首相の麻生とともに、もはや「教養」を問われるレベルである。靖国参拝にアメリカが「失望」を表明したり、EU、ロシアなど、中韓以外からの抗議が来たのは想定外だったのだろうか。安倍のブレーンたちは何かというと「南京大虐殺はなかった」とか、「日本にA級戦犯はいない」とか、「東京裁判は勝者が敗者を裁いたから無効だ」とか言い出すのだが、そんな理屈ともいえない言い分が戦後の国際社会の中で通用するはずがない。これについて、この言い分の日本人に味方する外国は、戦中の同盟国ドイツ、イタリアを含めてもひとつもないだろう。
 アジア・太平洋戦争や靖国をどんなに美化しようとも、徴兵制のもと、無理やり侵略戦争に駆り出され、非業の死を遂げた人々、そのすべてが「お国のために」喜んで死んだわけではない。国家の道を誤り、無謀な戦争に国民を駆り出し、自分たちの利権を守ろうとした人間たち、指導者たちの戦争責任は限りなく重い。その責任を果たさせ、裁いた前提で、戦後の国際社会は成り立っている。当たり前だ。これを否定し、戦争責任を不問に付し、責任者を復権させようとし、あるいは先の戦争を日本の側が正当化しようとしたら、国際社会が怒るのも当たり前だ。ドイツでヒトラーやナチを復権させようとしたり、イタリアで公然とファシスト党を名乗り出たらどうなるか。安倍は「侵略の定義は定まっていない」と発言したが、かつて、あの中曽根が総理時代、太平洋戦争は戦争だったが、アジア、中国へは日本は侵略した、迷惑をかけたのだ とはっきりと言っている。安倍の祖父の岸も中国へは侵略したのだ と開き直って言っている。
 この安倍を総理に、政治の劣化、日本の右傾化はますます進んでゆく。 心ある人の抗議と行動を望む。

 あまり報道されていないので、ふれた声明全文を引用する。署名した人名も全員入れた。(東京新聞には出ていなかった。)



 世界の識者と文化人による、沖縄の海兵隊基地建設にむけての合意への非難声明
 私たちは沖縄県内の新基地建設に反対し、平和と尊厳、人権と環境保護のためにたたかう沖縄の人々を支持します。
 私たち署名者一同は、2013年末に安倍晋三首相と仲井真弘多沖縄県知事の間でかわされた、人間と環境を犠牲にして沖縄の軍事植民地状態を深化し拡大させるための取り決めに反対します。安倍首相は経済振興をエサに、軍港をともなう大型の海兵隊航空基地を作るために沖縄北東部の辺野古沿岸を埋め立てる承認を仲井真知事から引き出しました。
 辺野古に基地を作る計画は1960年代からありました。それが1996年に掘り起こされ、前年に起こった少女暴行事件もあり当時沖縄で最高潮に達していた反米軍基地感情を鎮めるために、日米政府は、宜野湾市の真ん中にある普天間基地を閉鎖して、辺野古の新基地にその機能を移転させようと計画しました。辺野古は稀に見る生物多様性を抱え、絶滅の危機にある海洋哺乳動物、ジュゴンが棲息する地域です。
 仲井真知事の埋め立て承認は沖縄県民の民意を反映したものではありません。知事は2010年の知事選直前に、それまでの新基地容認姿勢を変更し、「普天間基地移設は県外に求める」と言って、新基地反対で一貫していた候補を破って当選しました。近年の世論調査では県民の辺野古新基地への反対は7割から9割に上っていました。今回の仲井真知事埋め立て承認直後の世論調査では、沖縄県民の72.4%が知事の決定を「公約違反」と言っています。埋め立て承認は沖縄県民に対する裏切りだったのです。
 在日米軍専用基地面積の73.8%は日本国全体の面積の0.6%しかない沖縄県に置かれ、沖縄本島の18.3%は米軍に占拠されています。普天間基地はそもそも1945年の沖縄戦のさ中、米軍が本土決戦に備え、住民の土地を奪って作りました。終戦後返還されるべきであったのに、戦後70年近く経っても米軍は保持したままです。したがって、返還に条件がつくことは本来的に許されないことなのです。
 今回の合意は長年の沖縄の人々の苦しみを恒久化させることにもつながります。沖縄は、日本による17世紀初の侵略に始まり、19世紀末の日本国への強制併合を経て、1944年には、米軍の襲撃を控え、天皇制を守るための時間稼ぎの要塞とされました。沖縄戦では10万人以上、住民の4分の1にあたる人々が殺されました。戦後、米軍政下において基地はさらに増えました。沖縄は1972年に日本に「返還」されたものの、基地がなくなるとの沖縄住民の希望は打ち砕かれました。そして今日も、沖縄県民は基地の存在によってひき起こされる犯罪、事件、デシベル数の高い航空機の騒音や、環境汚染による被害を受け続けています。戦後ずっと、沖縄の人々は米国独立宣言が糾弾する「権力の濫用や強奪」に苦しめられ続けています。その例として同宣言が指摘する「われわれの議会による同意なしの常備軍の駐留」もあてはまります。
 沖縄の人々は、米国の20世紀における公民権運動に見られたように、軍事植民地状態を終わらせるために非暴力のたたかいを続けてきました。生活を脅かす実弾砲撃訓練に対し演習場に突入して阻止したり、米軍基地のまわりに人間の鎖を作って抵抗を表現したりしました。大規模なデモが時折持たれ、約10万人-人口の10分の1にもあたる人々が参加してきています。80代の人たちが辺野古基地建設を阻止するために立ち上がり、座り込みは何年も続いています。県議会は辺野古基地反対の決議を通し、2013年1月には全41市町村首長が、オスプレイ配備撤回と県内移設基地の建設を断念するよう政府に求める建白書に署名しました。
 私たちは、沖縄の人々による平和と尊厳、人権と環境保護のための非暴力のたたかいを支持します。辺野古の海兵隊基地建設は中止すべきであり、普天間は沖縄の人々に直ちに返すべきです。
2014年1月
ノーマン・バーンボーム ジョージタウン大学名誉教授
ハーバート・ビクス ニューヨーク州立大ビンガムトン校歴史学・社会学名誉教授
ライナー・ブラウン 国際平和ビューロー(IPB)共同代表、国際反核兵器法律家協会(IALANA)事務局長
ノーム・チョムスキー マサチューセッツ工科大学言語学名誉教授
ジョン・W・ダワー マサチューセッツ工科大学歴史学名誉教授
アレクシス・ダデン コネチカット大学歴史学教授
ダニエル・エルズバーグ 核時代平和財団(Nuclear Age Peace Foundation)上級研究員、元国防総省・国務省職員
ジョン・フェファー 政策研究所(IPS)「フォーリン・ポリシー・イン・フォーカス」(fpif.org) 共同代表
ブルース・ギャグノン 「宇宙への兵器と核エネルギーの配備に反対する地球ネット コーディネーター
ジョセフ・ガーソン 「アメリカン・フレンズ・サービス委員会」平和と経済の安全保障プログラム部長、政治学・国際安全保障学博士
リチャード・フォーク プリンストン大学国際法名誉教授
ノーマ・フィールド シカゴ大学東アジア言語文明学部名誉教授
ケイト・ハドソン 核軍縮キャンペーン事務局長キャサリン・ルッツ ブラウン大学人類学・国際問題学教授
ナオミ・クライン 著述家、ジャーナリスト
ジョイ・コガワ 作家、『オバサン』(和訳『失われた祖国』)著者
ピーター・カズニック アメリカン大学歴史学教授
マイレッド・マグワイア ノーベル平和賞受賞者
ケビン・マーティン 「ピース・アクション」事務局長
ガバン・マコーマック オーストラリア国立大学名誉教授
キョー・マクレア 作家、児童文学者
スティーブ・ラブソン ブラウン大学名誉教授・米陸軍退役軍人(沖縄・辺野古にて1967-68年駐留)
マーク・セルダン コーネル大学東アジアプログラム上級研究員
オリバー・ストーン 映画監督
デイビッド・バイン アメリカン大学人類学部准教授
ロイス・ウィルソン 世界教会協議会前総会議長
ローレンス・ウィットナー ニューヨーク州立大学アルバニー校歴史学名誉教授
アン・ライト 元米陸軍大佐、元米国外交官
(苗字のアルファベット順、2014年1月7日現在)


 さて、リーマンショック直後からのこのブログも5年以上になった。その間、反原発運動の盛り上がりなど、一定の無党派、市民運動、社会運動の動きがありながら、残念ながら「政治を動かす」力、あるいは「社会を変える」影響力を持つには至っていない。反原発デモなどに行ってみると、実は新左翼運動OBの姿をたくさん見かけるし、また、若い人々の間にもかつての新左翼運動の復権を願っているような雰囲気を感じることがある。僕は、どうもこれでは新しい運動も結集軸も生まれないと思う。60年代後半の新左翼運動はそのとき社会に一定の影響力を持ったが、政治、社会に何の変革ももたらさなかったからだ。
 例えば60年安保闘争は、その幅広い大衆動員によって、内閣を倒し、その後、自民党員たちに安易に「改憲」だの「再軍備」だのと言わせないだけの政治的社会的影響力を持った。改定安保条約は強行採決されたから「安保闘争」それ自体は敗北したのだが、それは、60年代後半の運動、70年安保闘争の「敗北」とはまったく違うものだった。そして、何よりも、60年安保闘争は後の60年代後半の新左翼運動を、特に全共闘運動を準備し、人的にも底流となったのである。
 ところが、60年代後半の運動は、実に新鮮で開放的な社会運動を垣間見せたにもかかわらず、50年代に形成され、60年安保闘争を「指導」しようとして出来なかった新左翼諸党派の、その「後進国革命」的イデオロギーと政治的言語にからめ捕られ、政治、社会に影響力を持てずに敗北していった。連合赤軍、革共同両派と解放派の殺人を含む内ゲバ(これは互いに反革命規定していて当事者にとってはもちろん「内ゲバ」ではない)は、そのほとんどカルトと化した政治イデオロギーの極北であった。

 新左翼各派は、「反スターリン主義」をかかげたが、実際には単に「原理主義」だったのではないかと思う。特に、初期マルクス~「共産党宣言」あたりの革命論をドグマ化し、後進国革命型の前衛党を目指し、(複数革命党を認めず)、綱領的にも、土地、生産手段の国有化、集中計画経済という、すでに不合理になった経済社会を目指し、その辺を追及されれば「反スタ」だから、ソ連とは違うのだ などと適当に誤魔化し、行動主義に純化していった。既成の「革新勢力」にはもちろん「原理主義」を対置し、「左から」突き上げることによって反対派を形成するという戦術をとった。これでは確かに先は見えていた。各大学などで学園闘争が、あるいは街頭でベトナム反戦闘争が盛り上がっているその時はイニシアティブをとれるが、後退局面や、日常活動、まして、「革命」運動など夢物語だった。だいたいその「夢」そのものが間違っていたか、マルクス自身も乗り越えたものだったのだ。

 僕は新しい運動にかつての新左翼運動の轍を踏んでほしくない。むしろその真剣な総括とともに、広がりを持った新しい非暴力直接行動の運動を形成するべきだと思う。
 
 時代は「初期マルクス」の時代でなく、言い換えれば古い唯物史観の時代でなく、「資本論」の時代である。当たり前だがイデオロギーに科学を従属させてはならない。若きマルクスの「仮説」や、1848年ヨーロッパ革命時の「綱領」に、「資本論」を還元してはならない。それは、かつて、そうやって初期マルクスを絶対化して「カルト」と化してしまった新左翼党派のたどった道だ。

 というわけで、右傾化、危機の時代にあって、新しい運動の指針を、結集軸を模索し、老け込まずに何か行動を起こそうと思うのだが、昔の轍は踏みたくない。懐メロで同窓会的デモというのもたまにはいいが続くものでもないだろう。
 ここはひとつ、と思い、実は昨年暮から「資本論」と格闘している。「資本論」が19世紀の著作で「古い」などと言ったら大間違い。現在、資本論で暴き出された、アナーキーな資本主義がますます跋扈している時代である。
 

 そして、今年は特に闘いのテーマが尽きない。とんでもない政権と嫌な社会が出来てしまったからだ。歳とって重くなった腰を上げようと思う。だが、まずは指針、理論、変革のプランが必要なのは、かつての失敗を繰り返さないために、いうまでもないことだ。

 両方の意味で、

 ここがロドスだ、ここで跳べ!

 

 
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