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Regarde!(ご覧よ)

2013. . 12
 先月、EU経済・財務相理事会はついに金融取引課税を承認した。来年から加盟11カ国についてはこの適用を受ける。もちろん「魔法の杖」などないし、まだまだ限界はある。デリバティヴ商品については0,01%と非常に低い税率だし、外貨取引は対象外になりそうだ。タックス・ヘイヴンも存在し続けるだろう。
 だが、僕も何度もこのブログに書いてきたが、この金融取引課税という発想が受け入れられたことは重要だ。デリバティブ以外は0,1%の課税が日本も含めた取引当事国での課税になるのだ。大げさでなく、「働く階級」にとって、勝利の一歩と言っていいだろう。非常に勇気づけられるものだ。それは、新しい世界、オルタナティヴが可能だということを示しているからだ。
 この間、「緊縮財政」の名のもとに、どれだけ問題のすり替えが行われ、「彼ら」のつけを「働く階級」に回されてきたか。そして、どれだけその圧政と闘ってきたか。EUはこの闘いの前にわずかではあるが新しい道を示したのだ。 すなわち、働いて得た金やその貯蓄に対してでなく、「金で金を儲ける」ことに対して、そして実体経済とかけ離れて肥大化した「架空」の金融取引、彼らの言う「レバレッジ」を効かせて膨れ上がった投機に対して課税しようということだ。

 アメリカでも動きがあった。米司法当局が、今月初め、かの格付け会社S&Pを提訴したのだ。例のサブプライムローンを組み込んだ金融商品を不当に高く格付けしたことの責任を問うわけだ。制裁金は50億ドル以上と言われている。
 これも「一罰百戒」である。格付け機関とは、もともと金融機関であり、グルになって何でも出来たのだ。格上げしたり格下げしたりして、金利をコントロールし、売り買いして多大な利益を得る。まったく詐欺である。(かつて、ギリシャ国債をめぐってゴルドマンサックスと格付け会社フィッチが何をやったか、僕はこのブログに書いた覚えがある。) そして儲かった時はしっかり独占し、ミスで損がでたときは国民の税金で穴埋めしてもらっていたのだ。こんなにうまい話はない。
 オバマは「ウォール街のつけをもう国民に払わせない」と公約で言った。これはそのひとつのアクションである。

 まだまだ「小さな一歩」だ。
 だが、新しい世界の可能性は見える。少なくとも、ヨーロッパとアメリカでは政治家たちが多くの市民の声を、働く階級の声を無視できなくなったのだ。

 日本では相変わらず、政治家たちはほんの一部の財界や官僚たちの利害と結びつき、増税、原発再稼働、と、欧米とは逆コースを行こうとしている。大スポンサーの意向を汲んだマスコミもそれを後押しする。今書いたような大事なニュースが報道されず、妙なキャンペーンが張られる。生活保護を下げようとか、老人は「早く死ねるように・・・」とか。まったくとんでもない。

 
 だが、本当の力は「奴ら」にではなく、「働く階級」にある。
 闘いはまだまだこれからだ。
 だが、希望も見えてきた。





 
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自由への道

2013. . 04
 便利な時代になったもので、BSで世界のニュースを見ることができる。フランス軍によって解放されたマリ、トンブクトゥからのニュース。目を輝かせて、学校に通い始めた少年少女達。やっと言葉を学ぶことができるのだ。黒板にマリ万歳と書き、唱和させた教師、次に、「スカーフを取ってください。もう顔を隠さなくていいんですよ。もう自由なんです。」
 今まで、イスラム原理主義者の支配によって、少女はスカーフで顔を隠すことを強制され、教育を受けることを禁止され、学校に行ったら死にかねない暴力で罰せられていたのだ。

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 前のブログに書いたが、この「イスラム原理主義」というカルトとは闘う以外ない。ここではフランス軍はまさに解放軍であった。支配していたカルト集団を追放し、マリ軍に役割を交替し、マリの国民に当たり前の近代的自由をもたらした。教育を受ける権利、女性が顔を隠さないでも良い権利。これはフランスの「侵略」などではない。 顔や手足をベールで隠すように強制された女性たちは肌が見えたというだけで地域を支配していたカルト集団から残虐な暴行を受けたのである。彼女たちは何はともあれ自由になってよかったと発言している。



          Hollande-mali.jpg 

 
 近代的自由や進歩に逆行するあらゆる「革命思想」は誤りである。マルクス主義もその革命も、自由な近代的市民の形成と市民社会の発展の延長のうえに成り立つのである。これらの考えを、やれ「ブルジョア的」だとか「プチブル的」だとか言って非難し、前近代的な支配構造を押し付けようとする党組織論などはカルトにすぎない。
 僕たちは60~70年代に嫌というほどそういう敗北を見聞してきた。
 現在に至ってもまだ、この理屈がわからず、心情的に先進国軍隊を非難し、アラブ・イスラム原理主義者の部隊を「弱者」であるかのように擁護しようとするエセ左翼がいる。そんなのはみんな駄目だ。
 
 今こそ60~70年代の闘いを振り返り、落ち着いてよく考えてみよう。

 子供たちをよく見てみよう。


 (写真は「パリ・マッチ」から。)


 

 

常盤新平、ザ・ニューヨーカー

2013. . 01
 先月22日、常盤新平氏が亡くなった。僕と同世代の読書好きには感無量だったことだろう。もうだいぶ前になるが、アーウィン・ショー本人が亡くなった時、あるいは小泉喜美子さんが、酒に酔って転んでそのまま亡くなったと聞いたときのように。

 僕が高校生の頃、早川書房から「ニューヨーカー短編集」が全3冊で出版された。僕は当時はその一部しか読むことが出来なかった。また、本当の意味では、その粋が理解できなかったのだと思う。だが、当時銀座にあったイエナに行っては「ニューヨーカー」の本誌を手に取り、表紙のイラストを眺め、アメリカにはなんとまあ洒落た雑誌があるものかと思ったものだ。

 後年、働くようになってから、常盤新平の翻訳で「夏服を着た女たち」を、あるいは小泉喜美子さんの翻訳であの「80ヤード独走」を読み、ニューヨーカー常連にアーウィン・ショーという素晴らしい作家がいることを知り、彼の短編、長編を貪るように読んだ。「都会的」とか、「洗練された」とかいう言葉はこういう小説に使われるのだろうと思ったものだ。そして軽やかに見えるその短い物語の中に、人生の哀歓がたっぷりと凝縮されてつまっていて、これは確かに青臭い学生の頃にはちょっとわからないなとも思った。小さくてもビジネスでの成功や挫折、あるいは恋愛体験、深刻な出会いや別れ、そういったものを一定経験していないと実感がついてこないからだ。
 ショーの描く都会は実はニューヨークだけではない。アメリカ中西部の小さな街も出てくるし、パリや南仏も出てくる。スイスの保養地も出てくる。共通するのはそこに展開される現代の「都会人」の心象である。スポーツ、文学、政治、男女の愛、描かれる世界は広い。僕はその後、各地を訪れ、様々な国の人とも出会い、ショーの世界を追体験というか何とか実感する。

 あんまり好きだったので、僕は英語の原文にもいくつかチャレンジした。読んだ人はわかると思うが、ニューヨーカー派の英語の文章は難しい。ヘミングウェイを読むのとはわけが違うのだ。常盤新平や小泉喜美子に感謝する次第である。彼らの愛情たっぷりの翻訳を通じて触れていなかったら僕には多分まったく歯が立たなかっただろう。そして人生でショーに出会うことはなかっただろう。

 常盤新平氏は英会話が苦手だったそうだ。あこがれていたニューヨークへ何度か出かけても、あまりしゃべらず、「英会話ができたら翻訳家なんてやっていません」とおっしゃったそうである。人柄が感じられる。ニューヨーカーに載った短編、特にアーウィン・ショーは本当にお好きだったのだろう。訳文に愛情が感じられる。現在、「英会話」の上手い人などたくさんいるのだろうが、こういう翻訳に出会うことは少なくなった気がする。
 僕たちは常盤新平氏や小泉喜美子さんによってアーウィン・ショーという類まれな作家と出会ったのだ。

 僕は初めてニューヨークへ行って街を歩いたとき、ショーや常盤新平氏のことを思いだし、昔の自分の憧れを反芻した。そして「ニューヨーカー」を買って、街の情報を得て、カーライルホテルのボビーショートのトリオを聴きに行った。何から何まで彼らから得た知識であった。


 また好きな人が亡くなった。合掌。


 






 
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