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また村上春樹

2012. . 28
 今朝、朝日新聞に村上春樹の寄稿が載っていた。実に良いタイミング。また、わが意を得たように思えた。
「・・・騒ぎを煽るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。1930年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。・・・
 ・・・政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた人々なのだ。・・・」

 彼はとても慎重に、注意深く書いている。が、論旨は明白である。自らの著書も含めた日本人の本が中国の店頭から姿を消したことを憂え、文化交流の火が消えることを嘆き、そのことから、現在、声高にナショナリズムを煽るものたちに警告しているのだ。
 
 ここでいう「政治家や論客」たちが威勢よくナショナリズムを煽るのは「愛国心」からではない。歴史に学べば、そんなナショナリズムの煽り方は皆利権がらみで、実は彼らの金儲けや、政治的な権力闘争のためだったことはすぐわかる。そして村上氏もいうように犠牲になるのは「分け前」にあずかることなく、負担だけ押し付けられる「現場に立つ」人々である。

 安倍総裁誕生は、安倍総理誕生になるかもしれない。中国、韓国だけではない。世界は日本の「右傾化」を本気で案じている。
 注意しなければならない。
 以前、原発について、大江健三郎、坂本龍一のスピーチをあげて、彼らが、たかだか「小選挙区制」で送り出されてきた政治家達やTVなどで威勢の良い発言をしている「論客」などより、はるかに知性のレベルも世界的な認知度も高いところにあることを書いたが、今回の領土問題の騒ぎについての村上春樹も同じだ。僕はプラハのジャズクラブで、ミュージシャンたちがどれほど彼の著書を愛読しているか知ったし、あるいはパリの書店でどれだけ多くの彼の翻訳書が平積みされているか見てきている。今回わかったが、中国でも韓国でも、他のアジア諸国でも愛読されている。ハルキ・ムラカミは世界共通ブランドなのだ。

 政治家たち、TVに出てくるわかったような顔をした「論客」たち、あまりいい気にならないほうが良い。世界的文化人をなめてはいけない。君達とは知性のレベルがだいぶ違うのだ。敬意をもって今回の村上氏の寄稿を読んで欲しい。




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「緊縮財政」抗議・スペイン、ギリシャの闘い

2012. . 27
 昨日、安倍が2度目の自民党総裁になった。自民党の「国会議員票」による逆転勝利とのことである。「一票の格差」をそのままに、また小選挙区制によって、全国の「小選挙区」から「少数」の選挙民によって押し出されてきた国会議員たちの数で決まるのだから、仮に総理になったとしても、「民意」とはかけ離れているのは言うまでもない。
 尖閣、竹島の問題が騒がれているのを機会に、ナショナリズムを煽り、勢いでまた子供会のような仲良し・お友達政権でも作られたらたまったものではない。

 だが、前回安倍が総理になったときと決定的に違うことがある。反原発・官邸前デモのように、「民意」の直接的なアピールが日本でも無視できない力になってきたことだ。簡単な話、僕からみれば、東京の官邸前デモの参加者の数は、国会議員を送り出してきた田舎の選挙民の数よりはるかに多い。どちらが「民意」であるかは明確だ。僕個人が考えが違うにしても、例えば石原都知事が都民の意思を代表しているというのは正当である。そういう選挙を経たからである。あるいは橋下市長が大阪市民を代表するのも同じ意味で正当だろう。僕の考えなどそれこそ関係ない。だが、民主党、自民党の「国会議員」や、彼らによって選ばれた「代表」だの「総裁」だのが、日本の国民を代表しているとはもういえないのだ。

 反原発運動、反グローバリズム、反資本主義の運動は、新しい「スタイル」を持って、もう始まっている。もちろん日当をもらって出てくる官許の中国のデモや、「表現の自由」や「政教分離」といった近代の前提を無視するイスラム原理主義者のデモなどはまったく別の話だ。


             国会前スペイン9.25
 
 一昨日、昨日、EUの「弱い環」といわれたスペイン、ギリシャでゼネスト、デモが闘われた。突然の単発的なものではない。
 ラホイ政権下のスペインにあっては、以前このブログに書いたが、炭鉱労働者の決起から粘り強く続けられてきた闘いである。5月31日からゼネストに入った炭鉱労働者たちは6月22日に、一部家族まで伴って首都マドリッドまで500キロ数百人で行進した。沿道では各所で励まされたそうだ。7月11日、マドリッドで数万人のデモと合流。感動的な大デモンストレーションが闘われた。そして一昨日、ずっと続く大小の抗議行動の焦点ともいうべきゼネスト、デモが闘われたのである。

             スペイン、マドリッド9.25

 また、昨日、ギリシャではサマラス政権下ではじめての官民両労組によるゼネスト、デモが闘われた。年金カットなどさらに打ち出された財政緊縮策に抗議する闘いである。スペインと同じ、巨大化した金融機関や腐敗した政治家・官僚たちがさんざん大儲けし、そのギャンブルによって損失した負担だけを何故働く一般国民に押し付けるのか、という怒りのプロテストである。7万人以上に膨れ上がったデモは一部火炎壜まで飛び、100人以上の逮捕者が出た。

             9.26 アテネ

 さて、日本の最近の反原発デモなどで、一部誤解があるようだが、「非暴力直接行動」の考え方というのは、「逮捕者を出さない」ということではない。無用な弾圧を避け、参加者を広げ、いわば「敷居を低く」するために、整然とした行動や統制をとるのは大切なことだ。現在の官邸前デモはリーダー格の主催者はそれに成功し、よくやっていると思う。だいたい運動に参加する人間の決意は受ける弾圧のきつさによってある程度決まってくるからだ。逮捕されるのは絶対に嫌だと思う人は合法デモしか出来ないし、怪我をするのが嫌な人は「実力闘争」など出来ない。それでかまわない。多くの人がデモに参加し、抗議の声を挙げることのほうが大切だからだ。昔の新左翼党派のように、強引に「暴力的」闘争をやれば多くの人が引いてしまって逆効果、反原発という目標のためには害のほうが大きいだろう。だが、直接行動の意義とは一方で、権力の逮捕を含めた弾圧を恐れずに闘うことで、その権力の暴力的な正体を暴露することにもある。

             9.25スペイン国会前

 闘いとは政府との「調整」をやることではないのだ。先般、首都圏反原発連合代表と総理との短い会談が行われた。とうとうここまできたという感があった。だが、「調整役」を演じ、官邸へ「引率」した辻元清美の破廉恥で情けない姿をみれば反面教師になるだろう。主張を語るために、全国民にアピールするために政府の人間、総理と話し合いの場をもったのは闘いの勝利である。が、「調整役」などやった人間は破廉恥な姿をさらしたに過ぎない。自らの「権力欲」のために反権力の運動を利用したにすぎないことが皆にわかってしまった。直接民主主義を希求し、無党派を持って任じる運動は、セクト主義を警戒すると同時にこの種の自己顕示欲の強い権力亡者にも警戒しなければならない。

 スペイン、ギリシャなどヨーロッパで、、そして今インドネシア、韓国などアジアの国々でも「新自由主義」による資本の暴走の矛盾が吹き出し、多くの労働者がゼネスト、デモに決起し、闘いの輪が拡がっている。日本でももちろん働く階級の要求はひとつ。現在の資本主義システムを打倒することだ。人間らしく生活できる当然の権利を勝ち取ることにそれはつきる。
 
 
            
            9.26アテネ

 
 世界の「働く階級」は団結しよう。いまや「民意」はこちら側にある。

 (写真はすべてロイター。上からスペイン、マドリッド国会前デモ、同、ギリシャ、アテネ議会前デモ、スペイン国会前で警官に捉えられる女性、火炎瓶をあびるギリシャ国家保安隊。)








このちんぴらに負けてたまるか

2012. . 25
 毎年、お彼岸の週に夏物をクリーニングしてしまい、秋・冬物を出してくる。着る物の好きな男には楽しい季節だ。ここへ来て急に肌寒くなってきた。例によって、着るものの事でも考えていればハッピーなのだが、そうもいかない。
 腹の立つことが相変わらず多い。どんどんおかしくなってきた。僕と同じような怒り、考えを持つ人は、昔は少数派だったかもしれないが、現在は実はかなり多い。街頭インタビュー、世論調査などの隙間を縫うように、それはうかがい知ることができる。何より毎週金曜の官邸前デモなど、今までまったくのノンポリと思っていた同世代の知人が夫婦で参加するようになったそうで、今まで発言、行動しなかった人々が、怒りを表現するようになってきているのがわかる。「民意」はどこにあるのか。少なくとも、民主党代表選、自民党総裁選には絶対にないということは確かだ。

 民主党代表選は野田の圧勝で終わった。次の選挙があったら民主党はほとんどの選挙区で負けるのが確実だろうから、どうでもいいような選挙戦だったわけだが、候補者たちの議論を聞いていて腹の立つことこの上なかった。特に、野田はともかく一貫して宗教かぶれのように同じ事を言い続けただけだったが、原口、赤松、鹿野などは今まで何をしていたのだ。代表選の今頃になって、やれ消費税増税反対だの、原発再稼動がどうのだの、何を言っているのか! 消費税増税はお前達の所属していた民主党と自民・公明の「3党合意」という暴挙によってもう決まってしまったではないか! 今更このタイミングで「反対」だと言うなら、何故もっと早く反対しなかったのか! 菅が言い出した頃から、なんとしても増税を止める気があるなら、菅にも野田にもしっかりその時から意見して党内で同志を募って反対を押し通すべきだったのではないか。消費税増税をつぶすチャンスはいくらでもあった。今になって「反対」などというのは、嫌なことを野田にやらせておいて、自分は「国民の味方」のような顔をしたいというアリバイ作り以外ない。つまり、はじめからこの連中は増税などまったくかまわなかったのだ。野田が泥をかぶってくれてほっとしているだけだ。本気で消費税増税に反対しているわけではない。その辺まで見透かされているから党内で支持も集まらない、外部の国民はもっと信用しない。当たり前である。
 そもそも3年前の政権交代のとき、多くの国民は別に民主党を積極的に支持したわけではない。自民党政治に嫌気が差し、麻生という「漢字も読めない」最低の総理を見限ったということにすぎない。だが、だからといって、ここまで自らの「マニフェスト」を反故にし、官僚達の悲願であった増税をやり、嘘八百でかためる政治をよしとしたわけではない。自民党でなければ何でも良いというわけにはいかないのだ。今回の代表選、野田は勿論、他の「対立」候補も、口先だけどんなにもっともらしい事を言っても、誰も信用しないだろう。

 自民党総裁選というのも、これまた世襲議員たちによる駄々っ子子供会のようだ。発言はただただ「右翼的」であれば良いとでもいわんばかりに軽薄で無内容な繰りかえし、特に安倍の右バネ、石原の軽さは見るに耐えない。安倍は「河野談話」に代わる新たな首相談話を発表して、「従軍慰安婦」をはじめとする韓国との「歴史認識」問題に決着をつけると言い、石原は軽薄な失言を繰りかえし、今度の「尖閣」問題については「せっかく父(石原慎太郎)が泥をかぶると言ってくれたのに(国有化したのがまずい) !」などと、なにかというと父親の都知事を持ち出して勢いをつけようとする。(だいたい石原都知事が唐突に東京都が「買う」と言い出したのが今度の騒ぎのきっかけではなかったのか。竹島での韓国と裏腹に尖閣は日本が実効支配していたのにだ。) 右翼でも少しは「自分の言葉」を持っているかと思えた石破も、ここへきて、この尖閣、竹島の問題に接し、やたらと勇ましいような発言を繰り返す。「戦争が好きな人はいない。けれども・・・」とか、「経済より大事なことがある・・・」とか、またも戦前の様に国民を騙そうとしているのか本人が馬鹿なのかわからない。冗談ではない。「戦争が大好きな人」は沢山いる。「戦争をやりたくて仕方ない人」も沢山いる。別に軍事オタクの話をしているのではない。戦争によって「経済的利益」を得る人間、要は金儲けしたい人間が昔からたくさんいるのだ。彼らによって、彼らの金儲けのために、戦争は仕掛けられてきた。犠牲になるのは、あるいは過去犠牲になったのは利益を得ることのない各国国民である。だいたい、愛国心だの、国のために戦えと煽る人間達も自分達が戦場に赴くことは昔から絶対にない。こんなチンピラ・ゴロツキ連中に騙されてはいけない。

  「九条の改正笑ひ言ふ議員このちんぴらに負けてたまるか」 岩田正


 さて、このブログを書きはじめてちょうど4年たった。リーマン・ショック直後、「金融工学なるものの崩壊」を書いて、大手金融機関の不当で莫大な利益の上げ方と、損をしたときの税金の投入に怒りをぶつけた。あれから4年。世界も日本も不況と停滞は変わらないようだ。だが、たったひとつの希望は、新しい「民意」の表現、中東の春、ウォール街占拠運動、日本の官邸前デモなど、直接民主主義的な運動がその力を示し始めたことだろうか。 
 民主党、自民党も、どちらもどうしようもない。間隙を突いたかに見えた橋下「維新」もここへきて自民党安倍との連携が言われるに及んで、また一時期の人気も落ちた。そういえば反原発で自民党員という矛盾をかかえた河野太郎という男も今回なんとこの安倍を支持するそうだ。こんな自民党員の男の「反原発」などもともとこの程度のものだ。僕はこの男が「臓器移植法案」A案を提案・推進し、小児の脳死臓器移植、「いのちの規制緩和」に道を開いた時にこのブログで批判した。こういう人間観、社会観の男でまして自民党員などというのが「反原発」などといっても信用するわけにはいかないと思っていたがやはりだ。

 さて、日本の政治の世界、どこもかしこも、チンピラ、ゴロツキばかり。このたび野田が国連へ行って演説するそうだが、恥ずかしいったらありゃしない。各国の皆様、決して日本国民の民意でも代表でもないので、誤解なきように だ。
 僕達も、ぐずぐず言っているだけでなく、アクションを起こそう。

 「このちんぴらに負けてたまるか」








 
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