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働く階級に「領土」も「国境」もない!

2012. . 24
 いつかも書いたが、世の中が右傾化しているとかなり幼稚な議論でも「右」の議論は通りが良い。ファナティックなナショナリズムを煽るのが流行りのようだ。日本だけではない。中国でも、韓国でも、「愛国心」やナショナリズムというのは、自分のほうにあれば、敵視している相手の国のほうにも当然ある。それ自体は自然な感情だ。だが、煽る連中には当然欲と実利がある。今回はもちろん「領土」をめぐる資源の争奪である。
 各国とも「固有の領土」だとか、「主権」だとか、「領土問題は存在しない」とか同じようなことを言う。水掛け論だが、水掛け論にしたくないわけだ。公平な第3者が判断するしか、また、資源の争奪戦ならば、最終的には共同開発しか、実は解決の道はない。

 中国国内の「愛国」デモの画像をTVで見た。若者が多い。江沢民の「愛国主義」教育の成果なのか。「反日」をやらせておけば政府は安泰ということなのか。現状の中国の「格差社会」、一党独裁の腐敗への不満が、そのエネルギーが反政府運動でなく「反日」に向かうのであれば残念なことである。
 嫌なものも見てしまった。デモ隊が毛沢東像のプラカードをいくつも掲げている。文革のときのようだ。「個人崇拝」、生き残った「スターリニズム」の亡霊である。こんなものを甦らせてはならない。 
 (1972年、僕は大学にいたが、当時、「尖閣列島は中国の領土だ」という立て看を出したマオイストたちがいてあきれたものだ。当時、そんな連中が左翼面をしていたのだ。どうしてプロレタリアだのマルクス主義だの語るものが「領土」を主張するのだ。「プロレタリアは祖国を持たない」のではなかったのか?「土地」というのは住んでいる人のものだろう、領土に還元されて良いのか?)

 日本は日本で、70年前、その中国を含めたアジア諸国を征服しようとした戦争の責任を忘れ、あるいは米・中を含む連合国に敗戦したのを忘れ、ちょうどかつて戦争を煽った時のように、政府を「弱腰」だと非難する連中が幅を利かせ始めた。
 中国や韓国で、「反日」や「愛国」の通りが良いのは、少なくとも彼らの眼からは、日本が戦時中の自らの行為を悔い改めていない、と見えるからである。増して、今、幅を利かせ始めた連中は「南京大虐殺は無かった」とか、「従軍慰安婦は娼婦だ」とか言って来た連中である。

 野田政権は消費税増税を強行し、多くの反対の声を踏み潰して原発を再稼動した。すべて大企業、財界の意向、財務省と官僚達の意向であり、99%の働く階級の利害と真っ向から対立するものである。ナショナリズム、排外主義の怒号にあおられてはならない。繰り返して言うが、「領土」問題など、彼らだけの欲に過ぎない。
 
 働く階級に領土も国境も無い。
 万国のプロレタリア団結せよ!

 昨日の「フィナンシャル・タイムス」(David Pilling)の記事の一部を引用する。公平な第3国のジャーナリストはこう見ているのだろうと思うから。

 日本が戦時中に何をしたのか十分理解している日本人は大勢いる。多くの日本軍兵士が勇敢にも、戦時中の残虐行為について口を開いた。日本政府は戦時中の行為について、数えきれないほどの場面で謝罪してきた。しかし、日本はいくつかの理由から、ドイツほど完全に「歴史問題」に取り組むことができなかった。

 1つは、その名の下に戦争が戦われた天皇が、その座にとどまったことだ。そして、もう1つは、戦後にアジアが冷戦の凍結状態に陥ったことだった。イデオロギーによる分断について和解できる見込みはほとんどなかった。冷戦が後退していくと、歴史に関する不快な問題が、ぬかるみから再び頭をもたげた。

 尖閣諸島を巡る論争は、日本の植民地主義の始まりまでさかのぼる。日本は1885年に尖閣諸島の調査を行った。福沢諭吉の「脱亜論」の社説が掲載されたのとほぼ同時期のことだ。

 島が誰かの影響下にあることを示す証拠はないとして、日本は1895年に尖閣諸島を日本領土に組み込んだ。

 中国政府は、問題の諸島は16世紀から中国の地図に記されていると主張する。中国の観点からすると、日本は西側に感化された植民地支配に乗り出した時に島を占領した。戦後、島は米国の管理下に置かれたが、1972年に沖縄返還の一環として日本に戻された。

 中国政府は、そもそも米国のものではないのだから、米国には島を日本に返還する権利がなかったと主張している。












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「役人の生活が第一」

2012. . 13
 野田が、自民党、公明党のトップと談合し、ついに消費税増税を強引に決めた。6時過ぎから開いた記者会見で、とんでもないエクスキューズをやっていた。増税で打撃を受ける多数の国民には本当に腹の立つ発言であった。

 「マニフェストに書いていないことをやるのが申し訳ない」だって。
 書いてあること、約束したこともみんな反故にしただろう。「約束はしたが、約束を守るとは言っていない。」というナチスばりのやり口だ。
 「少子化、高齢化が進んでいるからやむをえない」だって。長生きを悪いことのように言うな!
 「増税分は全額社会保障に使う。」だって。
 よくしゃあしゃあとそんな嘘がつけるものだ。今まで散々嘘をついたからもう同じだとでもいうつもりなのか。誰がそんな嘘を信じるのだ。社会保障については「国民会議」なるものを作って、全部丸投げして水掛け論にして、結局棚上げしてしまったではないか!一方で200兆に及ぶ公共工事を準備しているではないか!還付金だの、軽減税率だのと、増税しなければ必要の無かった制度をつくってまたまた新たな官僚の天下り先を用意しているではないか!
 
 結局、増税分のカネに用途がかいてあるわけではない。全部役人達が掠め取っていくのだ。そもそも増税そのものが彼らの要求によるものだ。人事院は手際よく増税とタイミングを合わせて公務員の給与据え置きの勧告を出した。何が「身を切る」だ!  

                                    08manga.jpg           
 
 次は「資産課税」という、これまたナチスが国策としてユダヤ人の資産を掠め取るのを予算化したのと同じ事を、彼らは企んでいる。何度でも言うが「資産課税」とは二重課税であり泥棒である。別に貧しい人や困っている人に再分配されるわけでもない。ただただ役人達の懐に入るだけだ。

 すべて、「役人の生活が第一」、史上最悪の政党、民主党政権の本性である。

  (漫画イラスト「レイバーネット」より)




 

高校生活動家リユニオン

2012. . 10
 直後に出国してしまったために、ブログにつけるのが今日になってしまった。
 
 7月28日に、小林哲夫氏「高校紛争1969-1970」の出版を祝う会が行われ、全国の元高校生活動家が集まることとなり、70人あまりの盛大な会となった。
 当時の朝日ジャーナル記者、豊田充氏や、御厨貴氏なども参加し、小池真理子さんからは、高校生運動がなかったら作家としての現在はない とのメッセージが届いた。
 
 当時の高校生活動家というのは僕と同じ世代だから、皆ほぼ還暦前後である。前に書いたが、学校側の対応、権力の弾圧によってそれぞれの人生を自分で引き受けた。様々な人生があった。大学を途中で出ても高卒の身分があるが、高校を辞めれば、あるいは処分されれば、中卒で仕事を探すことになる。
 当時の問題意識、思想のラディカリズムをもって高校生を続けるのをよしとせず、自ら中退し、最下層の労働者のなかに飛び込んでいったものもいる。あるいは数年してから思いなおして大学受験しなおし、弁護士や医師になったものもいる。大学の教授になったものもいる。様々だ。
 また、大学へ行こうが労働運動に行こうが、セクトの専従活動家になった場合、最先端の兵士として内ゲバや非合法、非公然活動を闘った世代でもある。特に68年秋に関西ブントが高対を送り込んできたから、ブント系高校生のかなりの部分が赤軍派に流れた。15年におよぶ全国指名手配からの逃亡生活を送ったもの、10年近い実刑をくらったものもいた。タフな人生である。
 
 それでも、少なくとも集まった元高校生活動家は共通して、当時の活動を誰も後悔などしていなかった。それどころか、生まれ変わったらまたやりたいと口々に言ったものだ。それほど高校生運動のインパクトは強いものだったということだろう。
 ただ、僕は、勿論みな自分で自分の人生を引き受け、恨み言など一切言わないのだが、彼らを「指導」した側の、セクト指導者の責任はやはり問われるべきだと思う。高校闘争をいわばセクトの動員のための草刈場としてしか位置づけられず、この著書にもあるが、高校生運動論、あるいは学生運動論すらも、どうも無かったようだからだ。「革命のために」で、当時何でも正当化してすませていたのかもしれないが、そんな政治指導者による革命などどんなものだったか。
 実際、それよりも、高校生の層は広く、人数も多く、社会的影響力もあるのだから、政治的、社会的に勝ち取れるものも本当は大きかったはずだ。学園闘争に無理やり彼らの言う「革命的敗北主義」がもちこまれたことが、あるいは、学園闘争もなく単に活動家の「一本釣り」が行われたことが、どうだったのか、考え直すべきではないだろうか。

 各校の発言も印象深かった。長期の闘いを貫徹した仙台一高、本の帯封写真を飾った北高、東京の高校闘争のシンボルともいうべき青山高、その契機となった掛川西高、日本中の高校生に勇気を与えた初めての校長室占拠を敢行した市岡高、などなど、皆さすがだった。そして、最後に灘高を中退した前田氏による「この戦争は終わっていない・・・」の印象的なスピーチがあった。彼は自ら灘高を中退し、様々な運動を続けた。「下放」したのである。
 僕は前から書いているようにマオイズムには批判的である。また自らは彼のようにラディカリズムに徹する思想も度胸も持っていない。しかし、当時を思い出せば、こうした実際にアクションを起こした人のことは充分に理解できるし何と言っても生き方として尊敬できる。
 逆に最低なのは、自らは行動せず、安全地帯に身を置いて、口先だけラディカルなようなことを言うものたちである。僕たちはバリケード自主解除のとき、そんな人間から散々批判された。が、彼らは別に自らは何もせず、ひとのことをとやかく言うだけで淡々と大学受験など自分の道に進んだのであった。

 懐かしい顔があり、当時話だけ聴いていて、今回初めて会う顔もあった。とにかく全国からよく集まってくれたものだと思う。これも、この本の著者、小林哲夫氏の誠実な人柄と取材がもたらしたものだ。これも皆が口を揃えて語ったことだった。

 さて、蛇足だが、僕にはひとつおまけがあった。直後にフランスに行ったのだが、パリで、常宿にしているホテルの横のブティックで、なんと昔のガールフレンドに遭遇した。彼女はご主人ともう一人の女性と一緒だったので声をかけなかったし、こちらは昔とはまったく姿かたちが変わっているから(笑)、たぶん向こうは気がつかなかったと思う。すごい偶然だが、彼女もまた、ミッション系の私立女子高にバリケードを作ったから、もしかしたら、これも小林氏の会の縁ということかもしれない。

 なんとも愉快で、色々なことのある夏である。





 

 
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