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アラブ世界の「ベルリンの壁崩壊」

2011. . 31
 周知の通り、エジプトで闘いが続いている。きっかけとなったチュニジア・ジャスミン革命ももちろん継続中であり、北アフリカ各国、イェメン、シリアなどの中近東にも闘いの波は波及している。

 何十年と続く非常事態宣言に加えて戒厳令がしかれたエジプトで、街頭に出て抗議デモに繰り出すのは、特に当初は相当勇気が要ったはずである。何しろ逮捕されれば即座に刑務所と拷問が待っているのだ。しかしながら、チュニジアの革命に触発された人々は、もう独裁政権を恐れてはいない。ムバラク大統領のほうが、自らが権力を失うのを恐れ、蜂起の鎮圧に必死になり、ネットや携帯を切断し、アルジャジーラまで禁止し、一方で「副大統領」を決めたりして懐柔策をとり、何とか「秩序を維持し」欧米の支持をキープしようとしている。

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 だが、チュニジアにあって、ベン・アリが彼の一族によって冨を独占し、一族とのコネがなければ仕事もみつからなかったように、また、言論を弾圧し、その強固な独裁を維持してきたように、エジプトにあっては、軍と関係が無ければ仕事も見つからず、軍出身の大統領による独裁と言論弾圧が続き、両国とも、この長年の独裁政治による腐敗と汚職の一般化、収入の格差は、もはや人々の耐え難いところまで、怒りを抑えられないところまで進んでしまったようだ。


                   1.27カイロ
 
 ただ、ここで、ベン・アリと同じく、ムバラクが「逃亡」したり、退陣したりすると、この「エジプト革命」のインパクトは大きい。チュニジアの人口1,000万に対して、エジプトは8,300万人、これは国の経済規模、アラブ世界全体への波及力、あるいは欧米への影響も大きく違ってくるだろう。
 もともと、欧米「自由主義」諸国が、これらの国々の独裁政権を支持してきたのは、イスラムへの恐怖が半分、あとはとにかく「安価な労働力」の供給基地として、あるいはマーケットとしての「平穏な秩序」を求めてきたからだろう。
 チュニジアでも、エジプトでも、ベン・アリを見放し、ムバラクを見放したあと、欧米の大資本に都合の良い新たな「独裁者」が秩序をもたらすのを彼らは望むだろうが、現在の闘いはその水準をもう超えてしまっていると思う。
 同時に、今回の蜂起は、いずれも、フェイスブックやツィッターが有力なツールになったという。言論弾圧のさなかにあって、人々はネットで情報を共有していたのだ。(もちろんネットは情報ツールであってそれだけでは蜂起は無い。皆が画面をみているだけでは何もおきないのは自明だ。人々が街頭に出て抗議デモが組織されてはじめて革命が開始されたのだ。)チュニジアでも、ベン・アリ政権の「どうしようもない腐敗」をまず暴露したのはウィキリークスだったそうだ。これら情報革命によってもたらされた人々の怒りの蜂起のなかにあって、「イスラム原理主義」がイニシアティヴをとることがあるのだろうか?あるいは今までと大差ない「新独裁者」が権力を握ることがあるのだろうか?

 かつて「衛星放送」の情報が東欧民主化「革命」のツールであったように、今回もインターネットがツールとなって、アラブ世界の「ベルリンの壁崩壊」にまで、各国の人々の蜂起が突き進んでいくことを願う。

 
 今回、このような事態になっても、「陰謀説」の好きな人はいるもので、やれCIAの陰謀だとか何とか言い出している。まあ、どうでもいいといえばそれまでだが、それは、CIAは昔っからいる。今度も暗躍するだろう。軍部はもともと米軍ともしっかり結びついているし、軍指導部はそれこそCIAと昵懇だ。CIAは今も世界中で「活躍」しているのだ。でも、何でもかんでもかれらが「操る」通りに動くわけではない。今回も彼らの思惑や「想定」を超える事態が現出したのだ。別に「陰謀」でデモが組織されたわけではない。当たり前である。

 エジプトで「貧しい」といわれる大多数の人々の収入は1日2ドル以下だという。パン、小麦の値上げは死活問題である。チュニジアでも、これは当初抗議デモの直接の契機になった。こうした人々の怒りに火がついたらもうおさまらない。これは正当な「怒り」である。フランス革命だって、投機目的で小麦が備蓄され、パンの値上げがあって、「パンをよこせ」デモから始まったという。


                                               (写真はロイター)






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チュニジア・ジャスミン革命

2011. . 17

 昨年12月半ばから、腐敗したベン・アリ独裁に抗して起ち上がったチュニジア市民たちの闘いは、この数日間ついにピークに達したようだ。ベン・アリは国外脱出し、(フランス亡命を求めたが拒否されたそうだ)、今回批判の矢面にたった第2夫人レイラ・トラベルシーはドバイに飛んだらしい。
 
 きっかけは昨年12月17日だった。大学を出たが失業中だった26歳の青年Boazizi が生活のため、野菜・果物を売り歩いていたのを警官に咎められた。さらに商品を没収され(賄賂を渡さなかったということだろうといわれている。)Boazizi は抗議の焼身自殺を図ったという。これを知った市場の人々はその日からすぐ抗議行動を始めた。さらに一般市民も加わった。19日には5,000人の抗議行動になる。(40,000人の町での5,000人である。)独裁政権の腐敗、汚職、生活苦、失業率の高さ、報道の制限などに苦しめられていた人々は首都チュニスを含め、一斉に抗議に起ち上がった。司法の独立を求めて95%を組織した弁護士ストまで行われたそうだ。Boazizi は年が明けて1月4日、入院先の病院で死亡した。この知らせや、各地の抗議行動、警備の情報など、facebookやtwitterが頻繁に利用され、全国の市民に抗議行動が波及したといわれる。

              チュニス


 ベン・アリ第2夫人のレイラはチュニジアの大きな企業を次々と、自分の家族、親戚の支配下におき、私物化したようだ。また、国家そのものも汚職が一般化し、賄賂が横行、司法も含め、私物化されていた。抗議は単独政党支配による拷問などによって抑え付けられてきた。報道も厳しく規制されてきた。他のアラブ、アフリカ系の資源に恵まれた国よりも「教育」に力が注がれてきたというチュニジアの市民が、ネットを使いまくる時代になって、こんなことに怒りをぶつけないほうがおかしい。ましてまともに就職もできないのだ。
 ベン・アリが去って、最初に焼き討ちにあったのが大統領夫妻に近い家族の邸宅、そして第2夫人トラベルシー一家が経営するスーパーなどだったという。

               ベン・アリ出てゆけ


 いよいよ今日にも暫定新内閣が発表されるが、しばらくは無政府状態が続くだろう。これからが勝負だ。これからが「革命」である。
 
 それにしても、今回フランス大統領府やアメリカ・オバマ大統領が、「起ち上がった市民を支持する」声明を出したのは素早かった。サルコジはむしろベン・アリとしっかり結託していたし、先日クリントンもベン・アリと挨拶したばかりだった。にもかかわらず、実際に市民が腐敗した政府に抗議して「起ち上がった」ら、民主主義の建前上そちらを支持せざるを得なくなったのだ。

 腐敗した独裁者大統領のかわりに、やはり腐敗し、国家、経済を私物化している官僚とその傀儡をいただいているわが国の市民も、今回の「ジャスミン革命」に少しは勇気付けられないものだろうか。アメリカも、フランスも、民主主義の先進国の政府は、最終的には腐敗した政権に抗議して起ち上がった市民の側に着くのであって、現在の政権が一見外交上どんなに結びついているように見えても、「本当の事」が暴露され、市民が政治を「取り戻し」さえすれば、そのとき、はじめて本物の「外交」が生れ、「市民の側」が「支持される」のである。「現在の政府」だけが外交をしているというのは思い込みにすぎない。また軍事同盟、「安保」にも日本人はすこし拘泥しすぎているのかもしれない。世界は今、流動している。何が「日米の友好」なのか、「強い同盟」なのか、本当のところは実はわからない。

 まだ眼が離せないがいろいろなことを示唆してくれる「ジャスミン革命」である。 

                                                                      ( 写真はロイター)




 

破廉恥・与謝野の入閣

2011. . 14

 与謝野が「立ち上がれ日本」を離党し、菅内閣の経済財政担当相になった。まったく、何度も書いたが、このオトコも相当醜悪な破廉恥漢である。以前、多くの人が言い、僕もこのブログに書いた覚えがあるが、そもそもこの与謝野は選挙には落選し自民党員であることによって復活当選したのだから、自民党を離党したときに国会議員を辞めるべきだったはずである。それをしないで議員という地位に固執し続け、今度は自ら結党し「共同代表」をつとめた「たちあがれ日本」を離党し、民主党には入れないが1議員として菅内閣の閣僚になるというのだ。僕だけでなく多くの国民が権力に執着する「無節操な破廉恥漢」と思って当然だろう。民主党内でも、自民党からも、「たちあがれ日本」からも罵倒の声が上がった。こういうオトコを「人間の屑」という。
 これも何度も書いたが、この与謝野の政策というのは財務官僚に教育された財政再建=増税を言い続け、これに固執するだけのものである。菅が「私の政策に近い」と発言したのは、彼が完全に与謝野のほうに、増税路線に乗ったということであって、逆ではない。与謝野が今まで批判してきた民主党の政策に乗ったということではないのだ。菅のほうが、民主党のこれまでの「マニフェスト」だの「事業仕分け」だの、「公務員改革」だのといった政策を投げ捨てて、与謝野の主張に乗ったということである。まったく、どいつもこいつも、というところである。

 もともと、「財政赤字」というツケは、今までの自民党政権による大企業優遇と減税、公共事業、公務員の無駄などから来ているのであって、それらの問題をそのままに、更にばら撒きをやって、ツケを国民の負担・増税にまわすなど許されないことである。こんなことを推進しているのは財界の一部と役人天国を維持したい財務官僚だけである。もちろん国民がみな知っているように与謝野は彼らの忠実な傀儡である。だから彼は、小泉内閣時にはやはり経済財政担当相として年間2,200億の社会保障費削減もやったし、麻生内閣時には財務大臣と金融担当大臣を兼務して権力を欲しいままにし、官僚・大企業優遇と財務省の好き放題にし、一緒になって私利私欲に走ったのである。(そういえば例の朦朧会見で辞任し、その後自殺した中川昭一の後をうけたのだった。)
 これらの極めて近い過去、この与謝野の経歴を考えれば、小泉内閣の「新自由主義」を批判し、麻生内閣に愛想をつかした国民の期待を受けた民主党がこの同じ与謝野を担ぐなどということは、とんでもない裏切りであり、それにもまして「経済失政」であることがわかる。

 ところで、こんな人事について、小沢は勿論批判できない。もともと消費税10%論者であるのもさることながら、自民党との連立までたくらみ、与謝野とも昵懇の関係だからである。知ってか知らずか、忘れてしまったのか、「小沢グループ」とかの人間が、菅執行部に当り散らしているが、執行部には痛くもかゆくもないだろう。

 この段階で、まだ「小沢擁護」をし、見当違いの検察批判をする人間もいる。「政治とカネ」の問題と政策は別だ、とか、菅が小沢切りで国民の批判をそらそうとしている、などというものだ。これらもみな、過去を忘れている。とにかく何と言っても小沢は経世会政治なのである。一度もそれを総括していないのだ。政策などないのだ。カネと権力のための「方便」であり、その時に応じて都合よく「政策らしき」ことをもっともらしく語るに過ぎない。「語る」こと自体も「苦手」、「口下手」などと言って避けている始末である。小沢に政治の世界から退場してもらうことはまったく正しい。菅を批判するのに、小沢を持ってくるほど見当違いなこともない。

 この新年、出版社から送られてくる広報誌に、三上治が「小沢擁護」の1文を載せていた。ついでに田中角栄まで、「政治とカネ」問題でその政治家の政策まで無視するのはおかしい、とするものである。田中についてはそういう面も多少あるかもしれない。だが小沢についてはそんなことはまったくない。今までの発言、政策と称する発表された文、彼の政党を渡り歩いた、乃至は作っては壊した歴史、どれをみても、所詮政治思想などなかったとしか思えない。三上氏は「政治家は金儲けのためにやるのではない」と書いているが、小沢は明らかに「金儲けのために」政治をやっている。「政治改革」騒ぎで(マスコミも応援したが)「政党助成金」なるシステムを作り、カネが入ってくるようにし、そのカネで不動産を買い集め、また、地元の岩手で不透明な公共工事をいくつも仕切り、田中角栄のいわば「負」の部分を引き継いだのが小沢である。
 三上さん、どうしちゃったんですか?僕は第2次ブントの相当影響力のある指導者だった氏を、僕なりにフォローしてきたつもりである。「1960年代論」や「1970年代論」も共感を持って読んだ。それだけに彼がこんなわけのわからない文章を書いているのを残念に思う。


 今年の冬は寒い。政治の場をみていると、さらに暗澹とした気分となる。このまま増税を許してしまったら、不況はさらに深刻化し、倒産する中小の企業は続出し、路頭に迷うものも数多く出てくるだろう。またまた一部の財界人と役人だけが既得権を維持し「美味しい思い」をするのである。






「人間じゃねえ!」

2011. . 11
 前回(昨年)、怒りとともに書いた、菅の「たちあがれ日本」との「連立」構想は挫折したようだ。だが、かたちを変えたにせよ、年頭所感から、とにかく何が何でも増税する意向をはっきりと示している。財務省役人の命を受けて、増税したくて仕方ない与謝野などもまだ政権に未練たっぷりのようだ。また、大マスコミはこぞってこの菅の増税、特に消費税増税を、「有言実行を」などと言って煽っている。
 そもそも菅と民主党は、政府の赤字削減については、「歳出削減」による、「無駄をやめる」と繰り返していた筈である。それゆえの「政権交替」であった。それが、いつの間にか、財界、財務省に洗脳され、法人税減税をやり、さらに「事業仕分け」などのパフォーマンスすらも自ら投げ捨て、完全に増税に舵を切った。「税制の抜本的改革」ときた。「公務員人件費」も、「無駄な公共事業」も、何も手をつけず、ただただ増税ありきなのである。
 僕たちは政権交替前、民主党が政権攻撃に使った「年金問題」を忘れてはいない。集めるだけ集めた市民のカネを、無駄なハコや役人たちの遊びに使ってしまって、年金が「足りなくなった」と言い、また、支払われた年金が「不明になった」と言われたのだ。要は制度設計がまったく駄目だったわけである。そこで「足りないから」もっと年金の原資を「払え」と言われたら怒るのが当然だろう。今度の増税はそれと同じである。国の財政が赤字である、あるいは社会保障費がどんどん高くなる、だから増税といわれても、制度設計が駄目だったら年金と同じ、まったくの無駄なのである。その制度設計を明らかにせず、ただただ財政赤字だから、社会保障費のために、と増税を推し進めるのは、彼らに「制度設計」などなく、ただ「役人天国」の官僚たちの利益と、財界の利益のため、またそれらに守られるはずの自分たちの権力欲・保身のためである。

 大阪で悲劇があった。資産家だった父を持った63歳、61歳の姉妹がなんと20日以上前に「餓死」していたそうだ。生活保護などを受けなかったことを指してか、朝日では「お嬢様『助けて』といえず」などと見出しをつけていた。ずいぶん乱暴な話である。
 この悲劇の原因は記事から読み取れる範囲でもはっきりしている。相続税である。父に残された資産である土地を売れるだけ売っても払いきれない額の相続税が課されたのだ。彼女たちから土地を買ったという人が「税金の支払いにあてる」と姉妹が言っていたと証言している。おそらくは相続税対策のために、誰に進められたのか(遺体が発見された)マンションも建てたのだろう。それも空き室が多く、逆に建築の際の借金がさらにのしかかったようだ。こんな相続税自体がおかしいと何故マスコミは書かないのだろう。彼らもまた、相続税増税を含む今回の菅の増税方針を共同して推進しているからである。

 「税制の抜本改革」は消費税増税はもちろん、この相続税についても増税する方針である。しかも高額のほうにではない、低額の相続、この姉妹の例にもあるように、「弱いほう」へ重くのしかかる増税である。消費税増税も、どさくさまぎれに実行されようとしているこうした増税も許してはならないはずだ。
 財政再建や社会保障費をいうなら、まずは本当に自分たちから身を切ってそれこそ「改革」をやり、無駄を削り、制度設計そのものを明らかにしたうえで、ぎりぎりの数値を出してから「増税」を語るのでなければ、信じられるはずがないではないか。
 大阪の姉妹の「餓死」というこのような悲劇を前にしてなお自分たちの利益だけ考えて「相続税増税」や「消費税増税」(負担増大)を平気で言える奴など、本当に、「人間じゃねえ!」



 
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