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正体見たり

2009. . 23

 やれやれ、先日も、あるいは何回も、このブログに書いてきたことだが、せっかく政権交代しても、小沢が影響力をもっているとろくな事は無い。

 今回もとんでもない馬鹿をやってくれた。いうまでもない。せっかく「郵政民営化見直し」で、小泉・竹中改革へのアンチを突きつけようというときに、そのシンボルとしての西川に辞めてもらったというのに、何と後任が、斉藤次郎だというのだ。批判してきた「天下り」ではないか。「渡り」ではないか!

 「15年たっているから」だって?直後より悪いではないか。また、本人は「元官僚の意識はない」と言い放った。よくもまあ抜け抜けと言えたものだ。

 

 この斉藤という男は「元官僚だから悪い」だけではない。とんでもない「悪い官僚」であった。

 91年、湾岸戦争に協力するため、90億ドルをアメリカに差出し、その金を石油税などを増税して国民から奪い取った。宮沢内閣のとき、自民党幹事長だった小沢と結託して、国際貢献税なるものをでっちあげて、さらに増税を企んだ。細川政権の時は、さすがにこれは今回もマスコミが指摘しているが、やはり小沢と組んで、「国民福祉税」と銘打って、消費税を当時の3%から7%に増税しようとした。細川はこの斉藤らの根回しで、深夜にいきなりこれをTVで発表し、小沢ー斉藤の強引なやり方に与党内でも批判が集中し、撤回となったが、細川が政権を投げ出すきっかけにまでなった。当時、官房長官だった武村の「過ちはあらたむるにしかず」という記者会見は彼らへの強烈な批判であった。さすがにこれ以降、斉藤はしばらく表舞台から姿を消していたかに見えた。もちろんその後、それこそ色々と「天下」り、「渡り」歩いて、億単位に上る退職金をちゃっかりせしめている。

 

 そんな過去の悪事はどうでもいいとでもいうのか。もうみんな、民主党の面々は忘れてしまったのか。

 

 つい最近でも、福田政権のとき、小沢と福田による「大連立政権」構想、この時はさすがに小沢は民主党内でも批判されたようだが、この企みも、裏で動いていたのは小沢の盟友であるこの斉藤である。

 

 とにもかくにも、すぐ「増税」し、国家、政治のためではなく、官僚や政治家の、そして自分自身の利権のために動く、とんでもない男なのである。

 こんな男を、300兆円に及ぶ国民の財産を預かる組織のトップに持ってきてはいけなかった。何をされるかわかったものではない。

 

 これも前に書いたが、鳩山は二言目には「愛」とか言ってしまう、羞恥心を欠いた、リーダーシップのかけらも無い男である。勘違いしないで欲しい。国民は彼を支持したのではない。麻生が嫌だっただけだ。ましてや、小沢が官僚や元官僚と組んで様々な悪巧みをすることなど、誰も望んではいない。もしも、自民党が総裁を麻生から他の誰かに変えていたら、あるいは、民主党で、小沢が西松の問題で辞任せずに、党首としてそのまま居座っていたら、政権交代はあっただろうか、あったとしてもこれほどの大差で民主党に勝利がもたらされたであろうか。

 

 もう取り返しがつかないのだろうが、新政権の「正体見たり」である。鳩山は小沢に頭が上がらないのだ。

 せめて一時も速く、心ある政治家は小沢を排除しなければならない。そうでなければ、民主党はやはり、史上最悪、自民党よりひどいということになりかねない。繰り返し言うが、小沢は自民党の中の最悪の部分であったし、それをなんら反省していない。数々の悪事に手を染めてきたのだ。そしてその小沢の盟友がこの斉藤次郎である。これからまた、この2人の悪事を見せ付けられるのではたまったものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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冨田久美

2009. . 22

               Tomita1.jpg

 

 土曜日の夜、仕事帰り、友人を誘って、冨田久美さんとピアノ・トリオのライヴ。

 冨田さんは、私はファンの一人として応援しているが、20年来の友人でもある。

 ぶらず、衒わず、おおらかにストレートにジャズの名曲を歌い上げる。それでいて、ジャズにしかありえない、とても洒落た、難しいことにいつもチャレンジしている。そんな彼女の歌が僕は大好きだ。

 この夜もまた、思い切り楽しんだ。そしてまた、歌の合間に入る、ピアノソロ(元岡一英さん)のなんとまあ粋なアドリヴ。良い週末の夜であった。

            

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 引き続き多忙で、ちょっとばかりタフな交渉事などもあり、珍しくストレスを溜め込みそうだった所だったので、本当に有難い時間だった。

 ただ、僕の持論だが、ストレスなどというものは、他の事で「解消」など出来ない。その原因になっていることを直接解決するか取り除くかしない限り、いつまでもストレスはかかってくる。一時的に「忘れ」ようとしても何の解決にもならない。

 50年以上の僕の体験である。

 人生、何か嫌なことがあっても、ひとつひとつ、きっちりとかたをつけて、楽しい時間は思い切りエンジョイしたいものだ。

 まあ今のところは大丈夫だ。昔はいろいろ合ったが、我ながらずいぶん賢くなったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生き様」って何だ?

2009. . 15

 今日からTVドラマで「不毛地帯」が始まる。広告キャッチが「この生き様を見よ」ときた。どうも僕には駄目だ。重厚でシリアスなドラマのはずなのに、「生き様」では、急に軽く、薄っぺらに思えてくる。こんな日本語はないからだ。「生き方」と「死に様」はあるが「生き様」は無いはずだ。

 70年代くらいだろうか。この『生き様』は流行った。妙に、限りない自己肯定と世間への甘え、それに自己顕示欲を感じる。僕の嫌いな言葉であった。ある種の、何かにつけてオレがオレがという人々が好んでこれを使った。

 

 先日、雑誌である作家が「マギャク=真逆」などという言葉は無いと書いていた。これもTVなどで最近良く使われる。「正反対」も「逆」も「まっすぐ」もあるが「真逆」などない。

 まあ、これに限らず、奇妙な日本語は氾濫している。「喉ごし」だとか、「魅せる」だとか、どうも変だ。「ら抜き」にいたっては、もう当然のようになってしまった。

 

 確かに、日本語は時代とともにとても速いスピードで変化してゆく。新しい造語も色々出来てくるだろう。禁止されているわけでもない。だからこれは個々人の感覚的な問題である。僕の場合は、こうした奇妙な日本語はとにかく気持ちが悪い。

 

 ちょっとだけお付き合いしたことのある女性が、「男に『ら抜き』で話されたら、百年の恋も冷める・・」と言っていた。彼女は高校まで、雅子さんと同じ私立女子校に通った。結局、こうした言葉、日本語に対する感性は、その人の受けた教育や育ちによるところが大きいのだろう。

 

 つまらない保守系の政治家も、愛国心だの「美しい国」だの言うより、まずは「美しい日本語」と国語の基本から教育を考えるべきではないか。まあ、基本的な漢字も読めない総理を置いた連中にこんな事は無理な話だったのだろう。新政権はどんな風だろうか。

 いずれにせよ、政治家たちには、日本語にしっかりした感性を持っていて欲しいものだ。

 本物のリーダーシップとは影響力の事だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衣替え

2009. . 08

 急に涼しくなった。僕はだいたいお彼岸の週に衣替えをしてゆく。秋冬もののスーツやジャケットを出し、春夏のスーツをクリーニングに出し、いくつかはそのまま保管してもらう。お彼岸に着替えると、春はまだ少し寒いし、秋はまだ暑い。でも早め早めに着替えたほうがスマートだと思う。秋、多少暑くても、いつまでも薄いスーツを着ていると何だか貧しく見えて情けない。

 

 というわけで、大好きなフラノのスーツ、今シーズン誂えたロロピアナ素材のスーツなどに毎日袖を通してゆく。シャツもダブルカフスが多くなり、エルメスのカフリンクスで留める。催しが続いたのでスーツを着ることが多かった。忙しい時はこんなことで仕事の時間も楽しむ。靴はもちろん先日書いたコードヴァン、そしてウェストン。

 

 カジュアルもセーターの類を出す。セーターというのは良いね。僕は若い頃からこれに目が無い。もっとも若いころは、シェトランドだとか、あるいはざっくりした目の粗いものが好きだったものだが、歳をとるにつれて、細いラムウールやカシミアが好きになってきた。面白いものだ。今はもっぱらマーロのカシミアと、ジャケットの下にも着るラムウールの綺麗な色のセーターをいくつか愛用している。お洒落な人は知っていると思うが発色に関してはカシミアよりラムウールの高級品のほうがはるかに綺麗だ。だから、鮮やかな色はラムが良い。カシミアはグレー、ベージュ、オリーヴなど多少くすんだ色が綺麗に出る。綺麗なラムのニットの上にツイードのジャケットを着てコートなし。手袋やマフラーをつければ日本なら寒くない。僕の大好きなカジュアルの着こなしだ。もっともこの着こなしは綺麗な色をさしていないと、花が無く、「3年B組金八先生」(失礼!)になってしまう。ヨーロッパやアメリカでみると、彼らは髪や肌の色のせいで渋い色使いでも花のある着こなしに見えるのだが、我々アジア人はそうはいかない。ジャケットといえば、テーラードだけでなく、もうすぐこれも大好きなArnysのフォレスティエールも出す。設計上肩が大変楽で、リラックスできる。

 

 冬物を出し切ったころ、来月はまたヨーロッパ出張だ。2~3週間になってしまうので、衣類も沢山持ってゆく。この年になったら、仕事も楽しんでいないとやっていけない。

 

 

 

 

政権交代

2009. . 08

 先月は本当に忙しかった。来客あり、あちこちで催しあり、なんとかこなしているうち10月になってしまった。

 

 男「Alex, 政権交代おめでとう。」

 僕「どうもありがとう。でもまあわからない。色々大変だ。」

 女「それはそうよ。でもね、アメリカのオバマ政権もそうだけれど、国民が急いであれもこれもと期待しすぎてはいけない。何でも実現しようとしたら時間がかかる。ミラクルは無いのだから。とにかくLDPが倒れたのが大事なこと。」

 男「それにしても、まだオザワが影響力をキープしているのがどうも気に入らないね。」

 僕「それはまあ、選挙での勝利にコントリビュートしたということで、まだまだ彼の影響力は残るでしょう。それどころか実質支配といってもいい。」

 女「選挙はね、それはオザワはずっと長い間LDPにいたわけだから、ダーティなことも沢山知っているし、弱みも知り尽くしているわけよね。」

 男「とにかく、ハトヤマは Good だけど、オザワがいるうちはどうも応援する気分になれないね。」

 

ー先月のある晩、ディナーの席での会話。男女はクロアチア生れの僕より大分年上のご夫婦である。男性は以前ユーゴスラヴィア大使館の商務官であった。クロアチア大使館へ移らず、独立してビジネスを始めた。成功して現在は悠々自適、オーストラリアに住居を構え、ときどきヨーロッパと日本を廻る。現在のビジネスは半分趣味だ。さる親切な知人からの紹介があり、僕とあるアーティストのプロジェクトをともにする事になった。先日ご夫婦で来日した際の、食事時の会話である。勿論一部ではあるが。

 「ヨーロッパ人は日本の政権交代などに興味を持っていない」などと誰が言った?ちなみにこのご夫妻は先日ブログに書いた、選挙のあった夜にやはりヨーロッパから来日したご夫妻とは別人である。あの時のご夫妻も、母国の連立政権を引き合いに出して、色々と選挙結果について訊いていたものだ。

 

 まあそれにしても、確かに新政権もなかなか大変だ。ケチをつける方は簡単だ。

 だがとにかく当初の方針は何といわれようと貫いて欲しい。でなければ自民党に取って代わった意味が無い。

 例えば「八ッ場ダム」である。民主党の当初方針通り、断固着工は中止すべきである。

 さかしらげに「住民の意思」などといわれる。だがよく聴いてみると、誰もダムが必要だなどとは云っていない。云われているのは生活保障、要は金の話である。結局税金の使い道である。

 ここでもまた、中止して、住民の生活保障するより、ここまで金を使ってしまったのだからダムを完成したほうが安上がりだなどといい加減なことを云う馬鹿もいる。

 利水・治水にまったく意味が無いと誰もが認めている不要なダムである。9,000億の無駄使いなのだ。住民の金ではない。全国民の税金である。7割がたやってしまったから、などというのもでたらめだ。TVに映し出される大きな橋脚はどうみても道路のものだ。(これは造ればよい。)ダム自体はほとんど着工されていない。7割というのは、途中で算出した総工事費4,600億のうち7割に当たる金をもう使ってしまったということだ。なんという無駄だろう!これも当初は500億とかせいぜい800億とかで見積もられゴーサインが出されてしまったのだ。今から完成までにかかる金額だって、あと1,300億とかいわれているが、実は想像もつかないのだ。ここまで金をつぎ込んでしまったのだから予算の残りも使って完成したほうが良いなどというのは、ほとんど詐欺まがいのでたらめな言い分なのである。その金を掠め取っていくことを狙っている輩の陰謀である。

 確かに当初反対し、説得されてあきらめ、ダム完成を前提に生活設計した住民には一定の保障をしなければならないであろう。しかし、だからといって、そのために全国民の税金をつぎ込んで役に立たないダムを造ろうというのは本末転倒であり、巨額の無駄使いである。ダムにかかわる利権でぼろもうけする連中や、天下りを狙っている役人を喜ばせるだけだ。

 

 同じようなことはまだまだ全国で起こるだろう。また、様々な省庁で色々な軋轢が生れるだろう。民主党の大臣たちにはしっかりやって欲しい。国民の負託を受けた議員が官僚をコントロールするのは本来当然なのだ。当然なことが今までは出来なかった。政権党の大臣たちと官僚たち、そして財界とが皆利権で結びついていたからだ。とにかく最低限、この政ー官ー財で闇に葬られていた様々な事実を明るみに出して欲しい。その上で公平な判断も在りうる。いまこそ本当に「政治」が試されているのだ。

 

 

 

 

 

 

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