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サヨナラダケガ人生ダ

2009. . 27

 コノ杯ヲ受ケテクレ

 ドウゾナミナミ注ガセテオクレ

 花ニ嵐ノタトエモアルゾ

 サヨナラダケガ人生ダ

  ―後唐の詩「勧酒」(千武陵)、五言絶句、井伏鱒二の名訳である。

 去年、また友が不意に去った。歳・世代のせいではない。不慮の死であった。

 先週、一周忌で偲ぶ会があり行く予定だったが、急な出張で行けず残念なことをしてしまった。

 

 その友とは、大学のとき、他ならぬ学園闘争(学費闘争)でともに闘った仲間であった。最終局面では意見の違いもあり対立することもあったが、最後までよき友であった。

 今となっては不思議な気さえするが、70年代はじめというのは奇妙な時期であった。連赤事件やテルアビブ空港乱射(アラブ赤軍)の衝撃も冷めていない頃で、新左翼運動など誰も相手にしなくなってきた頃であったが、僕たちの学園闘争は久々にもりあがったものだ。学生大会は2万人以上を集め、きっちりとスト権を確立したうえでの闘いであった。ストライキはたぶん正規の議決を経たものとしては戦後最長だっただろう。

 彼については高校時代の友人から聞いて知っていたので、すぐに自治会再建とストライキ実行委の結成に一緒に動いた。誰もが認める優秀で誠実な活動家であった。

 そんな中、皆でよく話をした。当時「過渡期世界」という言葉がよく飛び出したが、いつからがその過渡期世界かという議論になったことがある。ほとんどの活動家は当然のように1917年、ロシア革命をその転機にあてるのだが、彼と僕とは違った。1871年、パリ・コミューンからだというわけだ。これは、レーニン主義やロシア革命の評価、スターリニズムへのスタンスなどを含んでいるので、そのときの会話は幼稚なようだったが、今考えてもとても大切な議論だったと思う。

 彼は当時既にレーニンを批判したローザ・ルクセンブルク主義、・コミューン運動を軸にする党派の指導的メンバーだった筈だから、考えてみれば自然な議論だっただろう。

 その党派のさらなる分裂のころ、全学連委員長までやった彼はその後学園からも運動からもはなれ、大きな進学塾の代表となった。

 

 僕たちは、80年代半ばから時々会うようになった。会って酒を飲んだり、仕事上の情報交換をしたりした。僕の扱っている輸入ブランドを彼は親戚のギフトに度々使ってくれ、塾をやっていたから得意分野だったのだろう、僕の子供の進学の相談にのってくれたりした。

 僕がニューヨークへ出かけるときは、色々アドヴァイスしてくれ、逆に今度、彼がパリにでも行くことがあればよく知っている僕に任せて欲しいなどと云ったものだ。

 バブル真っ盛りの頃、11月の深夜、「世界で一番初めにボージョレ・ヌーボーを飲む会」などというくだらない会をやり、六本木でまずシャンパンで乾杯し、その空輸されて成田から直接届いて木箱から取り出したヌーボーを二人で痛飲した。TVカメラがスーツの肩を組んだ僕たち2人を映していたものだ。

 

 彼が途中まで読んで、引越しを繰り返さざるを得なかったとき失くしてしまったという、大仏次郎の「パリ燃ゆ」を全巻貸す約束をしていたのだが、もう果たせなくなってしまった。

 昨年12月、僕は自分の相談事で電話し、なかなかつかまらなくて、何回目かでやっとつかまえ、電話で話し、会う約束までしていたのだが、それきりになってしまった。

 

 当時のストライキ実行委の仲間のうちすでに5人が亡くなった。F,MK,SY,KY そして今度のY君である。それぞれ想い出は尽きない。

 ひとの人生は固有名詞のつくそれぞれの「生」だ。個人の人生であり、かけがえのないものだ。人間一般、人生一般などそれこそ幻想でしかない。けれども「死」は通底している。彼が好きだった言葉で言えば、まさに「類として死ぬ」のだ。 

 冒頭の詩は、井伏鱒二の訳が上手すぎて、最後の一節だけが有名になった。妙に突き放した文句のように語られることがあるが誤解である。オリジナルの詩は、人生に死や別れが避けられないものだからこそ、ひとときの過ごし方、出会いや語らいを大切にしようと唄っている。

 そうありたいものだ。

 合掌。

 

 

 

 

 

 

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花粉症の季節に

2009. . 27

 今日の時点で、小沢はまだ開き直ったままだ。「続投」を宣言し、「このくらいの事でなんだ」とばかりに検察を批判し、「選挙妨害」などと言い出す始末である。民主党内の辞任要求も抑え付けるつもりなのだろうか。この男が「選挙に強い」などという神話を民主党の連中はまだ信じているのだろうか。

 昔、この小沢が自民党・「コンチクショー」で親分の金丸らに可愛がられて、権力の絶頂にいてやりたい放題だったころ、都知事選に、現職の鈴木に年齢を理由に引退を勧告、アナウンサーだった磯村を担ぎ出した事があった。当然自民党東京都議連は猛反発、小沢を「生意気」だとして鈴木の続投で選挙戦にのぞんだ。かくして自民党から2人の候補が出たのだが、小沢は「田舎ではよくあること」などといって自信満々だった。磯村は銭湯に行ったりしてパフォーマンスをやるがもちろん結果は惨敗、まさに小沢に使われたピエロでしかなかった。

 いったい、この男はもともと政治にヴィジョンとか理念とかはもっていない。ただ権力欲、金銭欲に政治家という親から継いだ職業を利用しているにすぎない。だから一つ覚えで繰り返す「政権交代」も政策を実行する手段でなく権力の座に再度着きたいための目的になってしまっているのだ。その証拠に、政策など状況に合わせてコロコロ変わる。選挙のために、政策や理念など関係なく、色々と候補者を物色しては頭を下げに行く。先の磯村もいい面の皮だったが、国政選挙ではあの野村サッチーにまで頼みに行ったのだ。

 選挙民もなめられたものである。

 

 今回、自分が永年にわたって多額の献金を受けていながら、企業献金を全面的に禁止にすればいいなどと駄々っ子の開き直りのようなことを言い出した。それなら本当にそうすれば良いと思うが、この男はもちろん本気で云っていない。そんな事できやしないのだから、俺のことも放って置いてくれと言いたいのだ。

 検察は自民党の二階にも捜査の手を伸ばしている。この男はもともと経世会で小沢の盟友であり、最近までずっと行動をともにしてきた。金丸直系で西松からの献金も小沢と同様古くからのものだ。「知らない、わからない」では通らないだろう。

 2人の弁解を聞いていて呆れ果てるのだが、そもそも企業が見返りも無しにそんな大金を誰かに渡してしまったら、渡した者は会社に対して背信行為である。罰せられるなり、クビになるなり、返済させられるなり、とにかく処分される筈なのだ。(だからこそ、給料に上乗せして個人からの献金などという薄汚い手口も使われたのだろう)。巨額の金の出所について、西松建設の、乃至はその見返り要求の、「認識が無かった」はありえないだろう。

 これは、田中角栄から続く検察と彼らの闘いである。前にも書いたが、小沢は、角栄も、金丸も竹下も自分も、悪いなどとはまったく思っていない。「検察の方が悪い」のである。「国策捜査」であり「選挙妨害」であるとたぶん本気で思っているのだろう。

 

 今回も、「陰謀論」をさかしらげにいう人たちがいる。

 かつて立花隆が「田中角栄研究」を書いて田中金脈を暴露し、内閣が倒れたとき、「あれはアメリカから金をもらって書いた」と云った人たちがいた。

 ロッキード事件でその田中が逮捕されたときも、田中が日中国交回復をやったためアメリカの陰謀で情報をリークされて田中が追い込まれたといわれた。

 今回もこの種の連中は検察の小沢や二階の追求がどこかの陰謀だといいたいのだろう。

 くだらない奴らがいるものである。

 僕ははっきりいって「陰謀」というのはないかといえばむしろあると思う。けれどそんなことで大きく歴史が動くわけではないと思っている。それになんであれ田中も小沢も悪いものは悪いのだ。追求されて当然なのだ。どうも陰謀が裏に働いているらしいから、田中や小沢の金脈造り(それは最終的に全部税金にツケがまわされるのだ)が正しいなどという事にはならない。また、今回のことが陰謀だったとして、つまり、麻生が、どうも民主党がうるさいから党首をやっつけてくれと検察を動かした?としても、そんな「弱み」を持っている小沢の方が、またそれを承知で党首をやらせていた民主党の方が悪いに決まっている。それで「政権交代」が出来なかったとしたら、そんなものははじめからできる器では無かったという事だ。

 

 そういえば、まだざわついているが「かんぽの宿」問題で、西川ー竹中ー宮内らの露骨な利権の構造が明らかになり、鳩山(弟)が騒いでいる。だが、彼の側も、旧来からの郵政の天下りその他の利権の維持に必死なようにみえる。税金2400億をつかったものを100億で売って、下手すると転売して儲けさせていいのかというのも理屈だが、そんなものを2400億かけてなぜ造ってしまったのかという問いも忘れてはならないのだ。

 

 

 現在、花粉症による鼻炎でどうも僕は気分が荒くなっている。

 まったくどいつもこいつも利権がらみのとんでもない連中である。まとめて歴史から消えて欲しいものだ。

 選挙民はこんなになめられっぱなしでいいのか。どちらの利権に自分たちの税金が「盗まれる」のかという選択肢しかないとしたら、本当に不幸なことである。

 

「ダブリナーズ」

2009. . 09

 この週末、柳瀬尚紀氏の新訳「ダブリナーズ」を読み耽った。

 「新訳」は、ここのところブームである。亀山郁夫氏の「カラマーゾフの兄弟」はベストセラーになり、村上春樹がフィッツジェラルドやチャンドラーの新訳を出した。楽しんだところである。

 柳瀬尚紀氏はジョイスの大作「フィネガンズ・ウェイク」も訳したジョイス研究の第一人者であり、翻訳の名人とも言われる人だ。文庫本が出ていたのですぐに買って読んだ次第である。期待にたがわず、各編のタイトル後に写真・図版なども配され、良い本に仕上がっていた。

 「ダブリナーズ」は僕には大変思い入れのある作品である。高校時代、以前の安藤一郎氏訳「ダブリン市民」を読み、打たれるものがあった。大学に入ったばかりのころ、僕は期待していた社会科学系の授業がつまらなくてさぼってばかりいた。「西洋史」にいたっては高校で受けた授業やゼミでやった「世界史」のほうがはるかに内容も豊かで水準も高かった。大学でこんなものかとがっかりしたものだ。そんな中で、しっかり訓練する語学の授業や、原典購読にあたる講義はさすがに内容のあるものがあった。津田先生という美しい女性教授による"Dubliners”の講義は、日吉まで出かけてゆく楽しみのひとつだった。有名なジョイスの"EPIPHANY" とともに、先生は、この「ダブりナーズ」全編を貫く "PARALYSED”という感覚を説明してくれたものだ。

 

422px-JamesJoyce1904.jpg  

 

周知のように、この作品は15の短編で構成されている。後の編に進むほどそれぞれの主人公の年齢があがってゆくのだが、どの男女も、このダブリンという都市の日常に絡めとられていて、生活を変えたくても変えられない。まだ幼い子供も、淡い恋心を抱いてなけなしの金で贈り物を買おうとする少年も、駆け落ちしようとする若い女も、ロンドンで「成功」したらしい友人と行きなれない店で一杯やって語り合ったすえ、妻と幼い子供のいる家へ帰ってくる男も、仕事と上司に不満でパブの酒で憂さ晴らしをし、やはり家に帰って子供に八つ当たりする男も、あるいはまた、人妻にほのかな思いを抱き、その人妻のほうが逆に夢中になり、別れた後、彼女がアルコールにおぼれ、自殺?してもなお、自分のありようを正当化し続ける男も、皆が皆、自分に気がつくと腹の底から「ダブリナー」であって、暗く、不満がたまり、しかしどうしようもないのだ。日常から踏み出したいものの踏み出せないでいる。まさに都市の内的な力、包み込むような力に捉えられて、無力である自分を悟るのである。

 この「新訳」は解説を読んではじめてわかることも多かったが、軽やかに読み通せる良い翻訳だと思う。全体が良く見渡せるのだ。これはこの作品(短編集)の場合とても大切なキーだ。

 僕は昔を思い出しながら、久しぶりにまた小説の世界にしっかり浸ることが出来た。

 (実は数年前にアイルランドへ出張したとき、当然ダブリンに立ち寄ったのだが、駆け足でほとんどおぼえていない。残念だ。今度落ち着いて行ってみたいものだ。)

 

 今更ながら、「翻訳」というのはとても重要だ。先日、友人と話したものだが、かつてミシェル・フーコーが来日した際に吉本隆明と対談したことがあった。大分たってから、吉本「共同幻想論」をフランス語に翻訳しようとした中田平という人が、この対談のとき「共同幻想」がどう通訳されたかを調べた。なんと"FANTASME COLLECTIF”と訳されていたという。彼は驚いたそうだ。当然である。僕たちのレベルでもわかる。これでは「集団幻覚」のようで、まるで新興宗教かなにかのようではないか。フーコーはどう思っただろう。吉本を日本ローカルなもの書きと思ったのではないだろうか。なぜ"ILLUSION COMMUNE”でないのか。彼(中田氏)は追求したがわからなかった。ヘーゲルでも、マルクスでも、国家が共同の幻想であるというときの「幻想」は"ILLUSION“である。ドイツ語でも英語でもこちらである。彼は当然、この“ILLUSION COMMUNE”を使って翻訳した。(後に吉本本人はILLUSION GENERAL というとわかりやすいと語っている。)そうしたら、何と京都大学の研究グループから「あれはFANTASMEでやることになっている。そもそも君の翻訳は統語法もおかしい」と抗議の電話があったそうである。中田氏は大変怒っている。

 僕はこの話を読んで、これは、東大(対談の通訳)や京大のアカデミズムの世界にいる人たちが、吉本を在野の、日本ローカルな「評論家」にしておきたいという願望を強く持っていて、この翻訳がいわば「政治的に」なされたのではないかと思った。彼らにFANTASMEとILLUSIONの違いが解らないはずもないからだ。吉本がフーコーと対等に噛み合った対談をすること自体がそもそも気に食わなかったのであろう。またその思想が世界水準に達していることなど思いもよらないどころか、彼らにとっては「あってはならない」事だったのだろう。吉本が在野の「評論家」か「詩人」であるのはかまわないが、こともあろうに自分たちが研究対象にしたり翻訳したりしているミシェル・フーコーと「まともに」対談することなど許せなかったのだろう。吉本をどうしてもドメスティックな評論家の位置に押し留め、自分たち大学人のステイタスやプライドを守ったのだろう。

 

 世界がどんどん狭くなり、海外の文学、評論も、大学人の専売特許などではもうなくなってきている。新しい、より正確で筆者の意図に近い翻訳が、次々に僕たちに届けられるのはすばらしいことだ。また、僕は吉本クラスの人は逆にどんどん海外に紹介されて欲しい。ただそれは、例えばフランスであれば、フランス語ネイティヴ、つまり完全にフランス語の世界に入った人が日本語のほうをよく理解してフランス語に翻訳するということがないと、残念ながら難しいと思う。翻訳とはそういうものだろうと思う。

 

 まだまだ読書の楽しみは尽きないが、自分の語学力も少しはましにしなければいけないのかもしれない。今月は村上春樹の新作が出るそうだし、佐藤賢一「フランス革命」第3巻も出るはずである。楽しみなことだ。

 

 

 

 

 

 

戦後最悪の政党のアキレス腱

2009. . 05

 小沢民主党代表の第一秘書が逮捕された。選挙が近いこともあり、大騒ぎになっている。やれ「国策捜査」だとか政権党の「陰謀」だとか民主党の一部では言い出す始末である。だが、これはおかしい。何しろ「政権交代」を標榜しているのだ。君たちも政権の座に着いたらそんな「陰謀」をやるのかね。いずれ自民党側にも、捜査の手が及び、逮捕者が出るくらいの想像力はないのかね。

 小沢の「金権体質」、それもゼネコンがらみの金脈はいわば筋金入りだ。田中角栄からあれほど可愛がられ、そして僕が何度もこのブログで書いたとおり、「コンチクショー」、金丸、竹下直系の、経世会の中心にいた小沢、たえず権力の中心にいることを欲し続けた小沢である。現在指摘されているようなことは、民主党の幹部連中はとっくに承知のはずである。小沢は「自分が変わる」などと言うが、経世会の体質は絶対に変えようとしなかった。開き直るばかりだ。合法、非合法も彼にとっては、要は「引っかからない」ようにするためのテクニックにすぎない。法に触れたとしても、それはテクニック上の失敗に過ぎず、もともと悪いことをしているなどという認識はまったくないのだ。だから、田中角栄はもちろん、金丸も竹下も彼にしてみればもちろんまったく悪くなどないのだ。悪いのはすべて捜査、摘発している検察のほうなのである。今回も彼のその姿勢は一貫している。しっかりと開き直っている。反省など当然ながらこれっぽっちもない。彼にしてみれば、恨み骨髄だろう、検察のほうが悪いのだ。田中から、また経世会の先輩連中から引き続き闘い続けなければならないのだ。今回の西松建設にしても金の付き合いは金丸の時代からだという。そのとき小沢は権力の中心にいていくらでも影響力を振るえる立場にいた。まったく!

 問題は、こんな小沢を受け入れるとき何の反省も求めずに、あげくのはては党を経世会に乗っ取らせてしまった民主党幹部、菅、鳩山たちの情けなさである。今回も「(小沢代表を)信じるしかない」などと言っている始末だ。これでは、もっと早く、彼らに反省を迫るなり、叩き出すなりは、出来なかったのだろうし思いもよらなかったのだろう。他の(普通の感覚を持った)民主党員というのはいないのか。

 前にも書いたが、麻生自民党も恥ずかしくなるほどひどいものだが、民主党というのも「戦後最悪」といってもおかしくないほどひどい。経世会という旧自民党の最悪のグループと、社会党のなかの「何でもあり」のグループが野合してしまったからだ。

 

 せめて、心ある政治家はいっときも早く、こんな政党に見切りをつけて自らの信念と政策を語り、新たなグルーピングを開始して欲しい。そして僕たちは、マスコミ報道から垣間見える安物のドラマでなく、その理念や政策で政治家について判断したいものだ。

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